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​ 君を土に埋める日 

​システム:クトゥルフ神話TRPG 6版

作者:ジャック

​テーマ:鬼

 はじめに 

この度は『君を土に埋める日』をご覧いただき誠にありがとうございます。プレイするKP・PLともに最後までお楽しみいただければ幸いです。また、本シナリオに登場するいくつかの要素は実際と大きく異なる可能性があり、クトゥルフ神話における個人的な解釈が多く含まれることをご了承ください。利用規約につきましては本企画のサイトからご確認をよろしくお願い申し上げます。それでは、春に咲く美しい花の残酷さ、そして、人の持ちうる最低限の倫理や良心をも裏切る、黒塗れの悪意を是非ともお楽しみください。

 シナリオ概要 

西暦2018年3月下旬
桜の芽が少しずつ桃色に染まる頃。あなたは両親からの頼みで遠い親戚の葬儀に参列することになる。山間部
に位置するとある小村で葬儀が行われることを知り、あなたは葬儀場へと車を走らせた。

そして、すべてが終わった帰り道、あなたは一人のヒッチハイカーと出会う。


「すみません、どうか町まで乗せてくれませんか」

 


◆概要◆
推奨人数:1人
所用時間:3時間から4時間
推奨技能:〈目星〉〈図書館〉
準推奨技能:〈運転(自動車)〉
共通HO:あなたは日本で生まれ育った二十代前半の若者だ。普通自動車免許を所有しており、
葬儀場へ車を利用して向かうことにした

シナリオ概要

 探索者創造 

時代は現代日本。西暦2018年の3月下旬。全国的に桜の芽が咲きはじめる時期であり、吹く風もぬくもりを帯
びてくる。国籍・年齢など特に制限はない。ただし、最低限、日本で生活できるだけの知識と意思疎通の手段が必要であり、PCとして探索に参加できるほどの、ある程度の好奇心を持ち合わせることを推奨する。それさえ守
れていれば、PCの新規・継続も問わない。しかし、PCは二十代前半ほどの若者でなければならず、血の繋がった両親がいなければならない。また、普通自動車免許を所有しており、問題なく車を運転できる状況である。

​【運転免許証】

PCは普通自動車免許を所有しており、問題なく車を運 転できる状況である。しかし、本シナリオでPCが運転す る車は必ずしもPCが所有している車である必要はなく、 家族や友人から借りたり、レンタカーを利用したりする などで用意したものでも問題は生じない。ただし、車種 は自動車として一般的に利用されている、少なくとも定 員四名ほどは乗れる屋根付きの四輪車でなくてはならな い。また、車を安全に運転するだけであれば、運転(自 動車)は初期値でも問題なく行える。運転中のドリフト 走行や急ブレーキ、急制動などを行う特殊な状況下での み、運転(自動車)は要求される。

探索者創造

 シナリオ背景 

十五年前、少年、あるいは少女だったPCは、両親に連れられ、S村に訪れることになる。そこで出会っ
たのが夏目あきらという少年であった。そして、じきに仲良くなった二人は夏目あきらの家で遊ぶことになるだ
ろう。だが、大事にしていた玩具の一つである、小型プラネタリウムを紛失していることに気付いた夏目あきらは、留守をPCに預け、家を飛び出してしまう。その後、留守中、どこからか聞こえてきたのは、少女の歌声であった。その声を辿ってみれば、地下で軟禁されている夏目さくらと出会うだろう。夏目さくらは生まれつき、額から角が生えた鬼である。元々、S村の村人たちは鬼の
血を古来より受け継いでおり、時折、鬼の角を生やした赤子が生まれるのだ。そして、モルディギアンの化身である山の神を崇拝する村人たちは、その加護を受けるため、そして、世間の目から逃れるため、三つの掟を設けた。一つ目はこの掟を口外しないこと。二つ目は山の神の贄に手を出さないこと。三つ目は鬼の角を生やさないこと。以上の掟のどれかを破れば、村人の手によって殺されてしまう。だからこそ、夏目一家の母は双子の一方である、夏目さくらの存在を隠蔽するため、地下室に夏目さくらを軟禁していたのだ。そのため、さくらやあきらでさえも、お互いの存在は知らずにいた。

【シーン】

本シナリオは探索進度によって時間が経過する。セッ ション中の探索のタイムリミットは存在しない。ただ し、意図的に時間を経過させたい場合や、あまりにも時 間がかかる行為、技能による失敗が続いた時などであれ ば、時間はその分経過させても構わない。しかし、N山 とK峠に結界が張られている状況では、無計画に時間を 経過させれば、いずれ訪れるN山とK峠の崩壊に巻き込 まれ、またK峠の車内で目を覚ますことになるだろう。しかし、村の事情を知る由もないPCは、夏目さくらを 外へと連れ出してしまう。その瞬間を目撃したのが、猟 師である葦屋玄であった。葦屋玄はPCと夏目さくらを追 い立てる。二人はN山の頂上付近まで、逃げ遂せること ができたものの、山の神によってMPを奪われ、意識を 失ってしまう。葦屋玄に捕らえられた二人は、夏目家ま で連れられる。次期村長である森嶋壱郎も駆けつけ、PC に対して呪文「記憶を曇らせる」を詠唱し、夏目一家に関 する記憶を封印したのだ。その後、夏目一家は殺され、 夏目家にも火が放たれた。森嶋壱郎によって不幸な事故 として片づけられると、PCは帰路へとつくだろう。

​現在、世間では連続女児誘拐事件が騒がれていた。 その犯人である血沼洋介は、女児の死体を蒐集す ることを趣味としており、誘拐した六名の女児を殺害し ていた。だが、指名手配の末、自室にあった死体の数々 が決め手となり、殺人の容疑で警察に逮捕された。しか し、それから数週間後、オカルト雑誌に書かれていた、 N山の一本桜に興味を惹かれ、留置場から脱走する。そ れからN山へ向かうと、山の神の根元に埋められていた 夏目さくらの死体を掘り起こした。K峠まで下りた血沼 洋介は、偶然、PCと出会い、“佐原彰人”と名乗るだろう。

​【探索】

本シナリオは提示された探索場所に訪れることで調査 をすることができる。だが、N山やK峠の中であれば、 上記以外の場所も、PLの提案により自由に調査をするこ とができる。その場合、KPはその場に適した情報を開示 すること。しかし、結界から外へ出るのであれば、“山 の神”の怒りを鎮めなければならず、ある種、シナリオ 中での目標となる。もっとも、この状況から脱せるか否 かのすべては、PC次第となるだろう。

シナリオ背景

 登場人物 

■森嶋 壱郎(もりしま いちろう)

年齢:72歳
身長:169cm
体重:18kg

【能力値】

◇STR:9 ◇CON:11 ◇POW:17 ◇DEX:8 ◇INT:15 ◇EDU:18 ◇SIZ:12 ◇APP:11 ◇HP:12 ◇MP:17 ◇SAN:12 ◇db:0

【技能値】

◇杖:50%:1d4+db/1回 ◇説得:75% ◇言いくるめ:75% ◇精神分析:60% ◇人類学:70%

◇歴史:50% ◇クトゥルフ神話:23%

【背景】
S村の村長。鬼の末裔である。病気によって他界して おり、その死体は山の神へ捧げられるため、剥製加工さ れている。十五年間、長として村人たちを纏め上げ、三 つの掟のもと多くの人々の処刑を命じてきた。山の神に 対する信仰心も篤く、伝統を守るためであれば、どのよ うな手段も躊躇することはない。だが、処世術に長け、 外の社会とも友好的に振舞っていることから、そのよう な冷酷な一面を知る者は数少ない。また、村の秘密を守 るため、外部の者を無暗に殺すようなことはなく、呪文 「記憶を曇らせる」を用いることで、S村にとっての数々 の不都合を揉み消してきた。この方法で、十五年前、PC に対しても夏目家に関する記憶を抹消している。

 

【RP】

人当たりのよい好々爺。ごく紳士的な性格で、いつも 穏やかな笑みを浮かべている。温厚な人柄をしており、 面倒見もよいため、村人からの人望も厚い。遠い親戚で あるPCの両親とも良好な関係を築いていた。十五年前、 S村に訪れたPCたちを歓迎するだろう。

 

【呪文】

・記憶を曇らせる(【基本ルールブック】p255)

 

 

■葦屋 玄(あしや げん)

年齢:60歳

身長:180cm

体重:88kg

【能力値】

◇STR:24 ◇CON:20 ◇POW:13 ◇DEX:10 ◇INT:11 ◇EDU:15 ◇SIZ:15 ◇APP:10 ◇HP:18 ◇MP:13 ◇SAN:0 ◇db:1d6

 

【技能値】

◇22口径ライフル:80%/1d6+2/1回/故障No.99/6発 ◇芸術(剥製):80% ◇手斧:75% ◇投擲:60%

◇組み付き:75% ◇こぶし:60% ◇キック:60%

 

【背景】

S村の猟師。鬼の末裔である。生まれつき生えている 二つの角を隠すため、いつも帽子を被っている。この事 実を秘めるため、村長である森嶋に協力していた。主 に、裏切り者の殺害と、死体の剥製加工を任され、多く の人々を処刑し、山の神の根元へと埋葬した。また、村 人の中でも鬼の血が濃く、激しい暴力衝動に支配されて いる。そのため、超人的な怪力を秘め、一人で巨木をな ぎ倒したり、大型動物を片腕で背負ったりするなど、お よそ人間離れした動きも可能としている。だが、頭に血 が上ると、周囲が見えなくなるほど激怒する癖がある。 十五年前、PCと夏目一家を剥製加工もせずに殺害しよう としたところを、森嶋によって止められている。

 

【RP】

寡黙な老人。人と関わろうとすることは、非常に稀な ことである。村人からも孤立した存在で、いつも独りで 森の中を彷徨っている。だが、それも心の内で渦巻く暴 力衝動を紛らわすためだ。十五年前、自らの手から逃れ たPCに対して、未だに怒りが収まらずにいる。

■佐原 彰人(さはら あきと)

年齢:23歳

身長:174cm

体重:65kg

【能力値】

◇STR:12 ◇CON:10 ◇POW:12 ◇DEX:15 ◇INT:14 ◇EDU:17 ◇SIZ:13 ◇APP:6 ◇HP:12 ◇MP:12 ◇SAN:60 ◇db:1d4

【技能値】

◇サバイバルナイフ:80%:1d4+2+db/1回 ◇応急手当75% ◇言いくるめ:75% ◇心理学:70% ◇目星:50%

◇図書館:50% ◇オカルト:45%

 

【背景】

本名・血沼洋介。連続女児誘拐事件の犯人。小学校教師としての立場を利用して、六名もの女児を誘拐した。 もとより女児の死体を蒐集することが趣味であり、誘拐 された女児を無惨に殺害すれば、その死体を自宅のあら ゆる箇所に展示していた。だが、殺人の決定的証拠を警察に押さえられ、指名手配の末、あえなく逮捕されてし まう。しかし、それから数週間後、オカルト雑誌に書かれていた、N山の一本桜を偶然にも知り、美しい現象に は必ず尊い犠牲のもとに成り立っている、といった持論 を証明するため、留置場から脱走した。また、幼少期に 火事で家族を失った経験があり、当時の記憶は失ってい るが、その日から屍体愛好の嗜好を持つようになった。

【RP】

人懐っこく笑顔の柔らかい青年。社交的な性格で、人 とのコミュニケーションを何よりも楽しもうとする。争 いごとが嫌いで、何事も平和的に事態が解決することを 望んでいる。その一方で、邪魔者や障害物は、口封じの ために排除することも厭わない、残酷さを秘めている。

■夏目 あきら(なつめ あきら)

年齢:8歳

身長:122cm

体重:8kg

【背景】

夏目家の息子。十五年前、葦屋によって殺害されており、剥製加工された死体は山の神へ捧げられている。

一 般的に育てられたごく普通の少年だった。都会に対して 強い憧れを抱いており、

いつか大人になったら村の外へ と出て、都会で働くことを夢見ていた。

【RP】

快活明朗な少年。非常に人懐っこい性格をしており、 十五年前、PCに対しても明るく振舞う。

また、都会の大人を目指しており、喋り方も敬語に寄せている。

■夏目 さくら(なつめ さくら)

年齢:8歳

身長:125cm

体重:10kg

【背景】

夏目家の娘。十五年前、葦屋によって殺害されてお り、剥製加工された死体は山の神へ捧げられている。

額から鬼の角が生え、三つの掟から逃れるため、地下室に 軟禁されていた。

ほぼ地下での生活しか知らないため、 外の世界に対して強い興味を抱いていた。

 

【RP】

気弱な少女。母以外の人間と接したことがないため、 十五年前、PCに対してもはじめは内気。だが、打ち解けた関係になると、心優しく温厚な表情を見せる。

■山の神

【正気度喪失】

◇なし

 

【神格】

グレート・オールド・ワンであるモルディギアンの化 身。死を司る神。N山の頂上近くに根付いており、その 外見は染井吉野に似通っている。浮世離れした美しさを 持ち、花弁には周囲の生物を魅了する効果がある。だが、 その生物が根元まで近づくと、少しずつMPを吸引して いき、人間の子供ほどであれば、じきに眠りに落として しまう。そうでなくとも、長時間、山の神を視界に入れ 続けることがあれば、視力は失われていく。ただし、こ の効果は一時的なものであり、数分間、目を背けていれ ば、視力は完全に回復するだろう。また、地中に埋めら れた死体を養分としており、外部の者がその死体を持ち 去るようなことがあれば、激しく怒り狂って、周囲に結 界を張り巡らせる。罰当たりがその結界から脱出するに は、山の神の怒りを鎮めるしか方法はないのだ。

■鬼

【正気度喪失】

◇1/1d4

 

【神格】

山の神を奉仕する奉仕種族。同族が死んだ時、その死 体を剥製として加工し、山の神の根元に埋葬する伝統が あり、その見返りとして、山の神から一族の繁栄を約束 されている。外見は日本の昔話に登場する“鬼”と似て、 額から二本の角を生やしている。凶暴な性質を持ち、成 人すれば、超人的な怪力を用いて、人間を好んで喰らう ようになる。そのような日本古来より生息する怪物だが、 現代に近付くにつれて、その血は薄まっていった。角の 生えた鬼はほぼ見られなくなり、心の内に凶暴さを秘め ることで、もはや人間と区別の付かなくなった鬼たちは 現代社会に溶け込んでいった。だが、それでも、角を生 やして生まれてくる、夏目さくらのような存在が現れは じめる。鬼の末裔であるS村の村人は、鬼の存在を外部 の者から遠ざけるため、三つの掟を定めたのだ。

「結界」とは

結界とは山の神が怒り狂った時、発生する異常空間の ことである。N山とK峠に巨大な雨雲を呼び込み、大雨 を降らせる。その降雨によって発生した雨もやには、結 界に閉じられた人々を疑心暗鬼に陥らせ、根拠の乏しい 誤解を抱かせる効果がある。そして、山の神を怒り狂わ せた罰当たりが、何らかの方法で死亡した時、じきに雨 もやは結界内のすべてを呑み込んでいく。その後、N山 とK峠は完全に消滅すると、数十分前のN山とK峠が再構 築されていく。こうして、罰当たりは生と死を無限に繰 り返す。山の神の怒りが鎮まるまで、雨雲が晴れること は決してないのだ。 この結界から脱出するには、持ち去った死体を山の神 の根元に、改めて埋葬しなければならない。それもなし に、N山やK峠から脱出を試みようとすれば、N山の木々 は山の神の手足となり、その道を阻むことだろう。

シナリオ内の表記(記号)

 


「」=セリフ例

​<>=技能

シナリオ本文
登場人物


▼ 以下、シナリオ本文 ▼

 導入 

この世のすべての物事は、そうさせるだけの理由が必ずあるんです。

当たり前のことですけど、これがかなり重要なことでして。何千年に一人の美女とか呼ばれてい る人っていうのは、

どこか顔をいじってるものだし、胡 散臭い不動産屋に勧められた桁違いに条件のいい物件な んかは、

そこでたくさん人が死んでいる証拠です。 これは勝手な偏見ってわけじゃないですよ。確かな経 験則なんです。

上手い話には必ず裏があるように、美し い現象は必ず尊い犠牲のもとに成り立っている、ってね。

つまり、何が言いたいかっていうと――

 

「――ほら、やっぱり。 桜の樹の下には屍体が埋まっていた」

 

場面はPCの日常の一幕からはじまる。また、KP向け の解説・情報は◆マークを参照すること。

[2018年3月下旬]

晩冬。冬の終わりを指す言葉。もうしばらくすれば、 長らく身体の芯を凍らせてきた真冬の冷たさは少しずつ鳴りを潜めはじめ、

彩り豊かな花々は春のはじまりに備 えてつぼみを咲かせはじめる。一方、PCもまた仕事や学 業に一つ区切りを付け、新たな一年のために準備をはじ めている頃だろう。 そんな時、PCの携帯電話から着信音が鳴りだした。着信はPCの父からのものだった。そのまま手に取ってみれ ば、すぐにその声が聞こえてくるだろう。

 

「もしもし、PCか。ちょっと時間いいか。…急な話なん だが、PCに頼みたいことがあってな」

「遠い親戚で森嶋壱郎さんっていう方がいてな。S村って いう村の村長をしていたんだ。

十何年か昔になるが、PC も世話になったことがある人だ。だが、少し前に病気で 亡くなってしまってな。

その葬儀が二日後にあるんだが、しばらく出張先から帰ってこれそうにない。

悪いとは思うが、PCだけでも葬儀に行ってやってくれないか」

 

(◆PCの設定によっては別の家族に変えてもよい。また、葬儀 に赴かせる理由なども変更して問題ない。

ただし、十五年前の S村での出来事はPCにとって全く覚えのないことである)

 

 

...

父からの頼みに頷けば、電話越しで父がほっと胸をな で下ろしたのが分かるだろう。

「そうか、助かるよ。森嶋さんのご家族もきっと喜ぶだ ろう。

ただ、葬儀のあるS村はちょっと遠いところにあ ってな。最寄りの駅からもかなり離れているから、

行くんだったら車の方がいいだろう。PCも運転できたよな。 なんだったら、家に停めてある車を使ってもいいぞ」

 

S村で行われるという遠い親戚の葬儀。後日、S村につ いて調べてみれば、人里離れた山奥にその村はあった。 しかし、父の話していたように、S村は駅の通っている 場所からかなり遠く、さらにはS村へ向かうためのただ 一つの道、K峠は勾配がきつめで電車や徒歩で向かうこ とはあまり現実的でないことが分かるだろう。

 

・〈図書館〉に成功すれば、近隣の山にかつて見事な一本 桜が咲くとして、有名な観光地だったということが分かる。

しかし、それも十数年も昔の話であり、今ではその 村の名を知る者は限られているようだ。

 

(◆山の神だ。その正体はモルディギアンの化身である。十四 年前まで、その美しさから一部界隈で有名になったが、山の神 を目当てにした観光客が次々と視力を失う事件が起きた。その ことから、今では桜名所として語られることはない)

 

...

[2018年3月下旬]

早朝、PCは出発の準備を終えると、運転席へと乗り込 んだ。そして、ハンドルを握ってから約三時間。

背の高 い建造物はほとんど見えなくなり、その代わりといった ところに、生い茂る草木や地面から剥き出しの岩々をはじめとした、

ごく自然的な風景が広がりはじめる。 じきにK峠へと差しかかる。アスファルト道路の片側 はガードレールを挟んで断崖絶壁が広がっており、霧め いた白いもやが立ちこめている。

片や逆側には鬱蒼とし たブナの木が立ち並んでおり、無言の大自然の迫力がそこにはあった。 数十分の間、きつい斜面を躱しながら車を走らせてい れば、何事もなく山道を抜ける。そして、閉じられた 木々の先には、広々とした田園風景が広がっており、

そのさらに向こうにはぽつぽつと家屋が立ち並んでいた。 PCはようやくS村へと到着したことを実感するだろう。

 

 

...

葬儀場である古ぼけた屋敷の門前には、すでに十数人 の喪服をまとった村人たちが集まっており、PCへと恭し く頭を下げる。すると、その内の年老いた村人がこちら へと歩み寄ってきたかと思えば、やんわりと微笑んだ。

 

「遠いところからよう来たなあ。話は聞いておるよ。き っと壱郎さんも喜んどる。さ、そろそろ葬儀がはじまる 頃じゃ。

焼香だけでも上げてやってくれ」

 

そのまま村人たちに促されるまま、屋敷の中へと通さ れると、森嶋が眠っているであろう祭壇のある、広々と した居間まで案内される。そして、何枚もの座布団が整 然と並べられている中、その内の一枚を示されると、葬 儀は粛々とはじめられる。喪主から開式の辞を告げら れ、坊主による読経がはじまった。

その後、遺族たちは 焼香のために一人ずつ腰を上げては、惜しげに遺影を見 つめるだろう。じきに焼香の順はPCまで回ってくる。

 

・〈知識〉に成功すれば、正しい作法で焼香を上げること ができる。

ふと、PCも遺影を見上げてみれば、温和そうに顔をほ ころばせる年老いた男の顔がそこにはあった。村長とし て実に頼りがいのある人物だったのだろう。背後からは その男の死を心から悼み、すすり泣く声が聞こえてく る。しかし、父から、十何年か昔に世話になった人だと言われていたが、何か特別に思い当たるようなことはなかった。

だが、それも当時の年齢のことを考えれば、仕方のないことだとも思えるかもしれない。

 

・〈アイデア〉の半分に成功すれば、なぜか背筋がぞくり と逆立ったのが分かった。なぜかは分からない。だが、 心の中にぽつりと残されたこの漠然とした感情は、いつ か抱いた恐怖によく似ていた。

(◆PCは十五年前の夏目家に関する記憶を、森嶋の呪文「記憶を曇らせる」によって濁らされている。ただ、森嶋に対する本能的な恐怖だけがPCに危険を伝えている)

...

その後、葬儀は何事もなく終わる。しばらくして、PC も帰りの身支度をはじめるだろう。それまでに、村人か ら森嶋に関する様々な思い出話を聞かされるが、やはり これといって何かを思い出すことはなかった。しかし、 その代わりに村人からはおびただしいほどの根菜類や米 袋を持たされ、車まで見送られるだろう。 だが、そこには、PCの車を覗き込むようにして佇む一 人の男の姿があった。その男は猟師をしているのか、大 きながたいに猟銃を背負っており、こちらに気付くと、 無骨な顔を向けてくる。

「……十五年ぶりに何しに来た。また桜でも見にきたか」

(◆葦屋だ。また、桜とは山の神のことであり、十五年前の夏目家に関することについて話している)

 

男はじっとこちらを見つめると、返答を求めるでもな く、かたく帽子を被り直し、どこかへと去ってしまう。

近くの村人はその男に対して困ったように顔をしかめる と、気にするな、とでも言うように PC の肩を叩いた。

「すまねえ、玄さんは昔から変わり者でね。きっと、PCがこの村に来た時のことを思い出しとったんじゃろう」

 

▶村人が話す旨は以下の通りである。

〇十五年前について聞けば、S 村に PC がはじめて遊びに きた日ではないかと話す。一日か二日の間、PC が森嶋 のところで世話になっていたことを覚えている。その時、 ちょっとした事件が起きた、と口を滑らせるが、十五年 も経った今、気にすることはないと口を閉ざしてしまう。

(◆十五年前、夏目宅が全焼した事件である。すべては森嶋によ る S 村の掟に逆らったことの罰だったが、そのことを語ろうと する村人は一人もいないだろう)

 

〇桜について聞けば、N山にある一本桜のことかもしれ ないと話す。N山とは K 峠と S 村の周囲に広がる山のことであり、その頂上近くには見事な一本桜が咲いている のだ。十五年前までは見事な桜の名所として有名だった。 だが、慣れない環境で体調を崩す者が現れはじめ、その評判も過去のものとなってしまった。

もしかしたら、PC もどこかでその桜を見たことがあったのかもしれない。

(◆十五年前、PC は夏目さくらと共に山の神を目撃している)

 

 

...

 

 

PC はこれまでの長い道のりで痛めてしまった車の整備を済ませると、やがて運転席に乗り込むだろう。後ろを振り返れば、見送りにきていた村人たちはにこやかな 笑顔を向けながら、こちらへと手を振っていた。

 

→  ヒッチ・ハイカー 

導入

 ヒッチ・ハイカー 

S村を出発してから、間もなくK峠へと入る。茂る木立 によってS村が完全に隠れたところで、葬儀から解放されたこと、

そして慣れ親しんだ住まいへ帰れるという安堵から、微妙な達成感をPCは感じるかもしれない。

しかし、K峠に入ってからしばらくすると、どんより とした鼠色の雲が辺りに漂いはじめた。間もなく、

ぽつぽつとサイドミラーから水滴が弾けたかと思うと、小ぶりの雨がどしゃぶりとなって、ざあざあと枝葉を揺らす。

ただの物理現象のはずが、どこか生物的にも見えるくねくねとした木々の動きは、まるで狙いすまされたかの如く、悪天候に見舞われたPCを嘲笑っているかのようだ。

(◆山の神によって、N山とK 峠を外部から隔離する結界が張られた。佐原が死亡する度、時はここまで巻き戻る)

 

...

 

 

だが、その不運も PC 一人だけのものではなかったらしい。

白がかった視界に気を付けながら車を走らせていれば、遠くの路上にぼやけた人影が見えてくる。近づいてみれば、

少しずつ人影の輪郭が明瞭になっていき、大げさに手を振ってこちらへと位置を知らせている。

どうやら、ヒッチハイクを試みているようだ。

 

(◆佐原だ。山の神のもとからさくらの死体を掘り起こし、K峠 へと下ってきた。その後、予想外のどしゃぶりに見舞われたことから、PC の車に対してヒッチハイクを試みるだろう)

 

近くに車を停めれば、窓からこちらを覗きこむように して、一人の男と目が合った。

その男はやはり旅行者な のか、新しめなアウトドアウェアを身にまとい、左手に は大きなキャリーケースを引いていた。だが、それより もさらに特筆すべき特徴は、顔全体に蜘蛛の巣めいて広がる痛々しい火傷の痕である。

古傷なのか。薄く黒がか った肌が目に付く。しかし、男はそんな荒々しい様相と は裏腹に、困り果てたように眉を寄せていた。

「すみません、どうか町まで乗せてくれませんか」

...

その頼みに頷けば、男は持っていたキャリーケースを PC の車のトランクの中へと入れ、急ぎ早に助手席へかけ遠慮げに腰を下ろす。そして、ほっと一安心したよう に微笑むと、恭しく頭を下げた。

「本当に助かりました。突然のにわか雨で立ち往生して いたところを…。あ、申し遅れました、佐原彰人と言い ます。ちょっとした観光でN山を見にきていまして…」

 

▶佐原が話す旨は以下の通りである。

〇佐原について聞けば、小学校教師だと話す。とはいえ、去年、入職したばかりの若輩者である。

この頃、いつも の業務に加えて資格勉強に追われていたが、気分転換も 兼ねて一日だけ有休を取り、少しだけ遠出をして N 山に 観光をしようと計画していたのだ。しかし、突然の雨に より近くで待たせていたタクシーを見失ってしまい、途 方に暮れていた頃、PC と出会ったのだ。

 

〇N山について聞けば、桜を見にきたのだと話す。昔、 N 山には見事な一本桜が咲くと噂になっていたことを知 り、一目見ようと N 山に登ることを決意したのだ。結果 的に、その桜を見ることには成功したが、今考えればか なり危険なことをしたのではないか、と反省する。しか し、その咲き誇っていた桜は今まで見てきたどの花より も美しく、また機会があれば見にいきたい。

 

〇火傷について聞く、もしくは気にする様子を見せるのであれば、この傷はまだ子供の頃、家が火事になった時、 負ってしまったと話す。生き残ったのは自分だけで、家 族はもういない。とはいえ、かなり昔のことなので、事 故に関してあまり覚えてはいない。いつもは化粧で火傷 の痕を誤魔化しているのだが、この雨で崩れてしまった。

 

(◆これらはすべて事実だが、山の神のもとから死体を掘り起こしたことや、その死体をキャリーケースに入れていること、ましてや連続女児誘拐事件の犯人であるといった、これまで行ってきた法律や倫理に背くようなことは決して話そうとしない)

...

車を発進させようとすれば、佐原は慌ただしくシート ベルトを締めはじめた。その間、頭上で響く雨音を聞けば、心なしか少しずつ雨が強くなっているように感じる。 もし、ここで佐原と出会っていなければ、彼はさらに危険な状況に陥っていたのではないだろうか。そのような 不吉な考えが頭の中をよぎるだろう。

そして、そのまま車を走らせれば、木々がざわめくK峠のさらに奥深くへと向かうことになるだろう。

佐原は心配そうに、輪郭のなくなった白くもやついた景色を見 つめている。しかし、すぐにその不安そうな顔を振り払 うと、明るげに PC へと話かける。

「そういえば、この辺りで何かご用事だったんですか。 あ、失礼だったらすみません! 近くに集落があるのは知っているんですが、どうもそこの人って感じではなかっ たので…。それに、歳も近そうでしたから」

(◆ここから、しばらく談笑に興じてもいい。仕事や趣味、好き な有名人など、佐原は危なげない会話で話に花を咲かせようと するだろう。すべては PC に良好な印象を持たせて、トランクに 積まれたキャリーケースの中身を怪しませないためだ)

...

どこか頼りなく感じる時はあるが、時折見せる笑顔が 子供のように無邪気で、全体的に感じのいい快活な青年。それが数分間、雑談をして得ることができた佐原の 印象だった。少なくとも、佐原はある種、命の恩人とも 言える PC に対しては、快く接することだろう。

 

「はは、PC さんが良い人で本当によかったです。もし、あんな森の中でずっと一人だったと考えると――」

 

ド――ォン

 

 

その時、凄まじい閃光が外で瞬いたかと思うと、一瞬 の間もなく、雷鳴の衝撃が鼓膜を震わせた。それと連動 するかのように、近くに備え付けられたカーラジオか ら、ばちばちと内部の機械が擦れる音が響く。そして、 わずかな雑音と共に陽気なジャズ音楽が流れはじめた。

(◆山の神の怒りだ)

 

あまりの出来事で佐原は豆鉄砲を食らった鳩のように 唖然とした表情で硬直している。その数秒後、やっと我 に返ったのか、ひきつった笑顔を浮かべた。

「び、びっくりしましたね…。はは…何だか、かっこ悪い ところを見せてしまいましたかね」

 

 

...

 

 

ラジオに耳を傾けていれば、しばらくしてその音楽は 少しずつフェードアウトしていき、MC とゲストの会話 が交ってくる。その大部分がノイズに交じって不安定で はあったが、断続的にでも和やかな雰囲気を察すること ができるだろう。 佐原は先ほどまでの怯えた表情から一転、少しだけ頬 を綻ばせてラジオへと目を向ける。

 

「でも、少しだけほっとしました。このひどい雨で僕たち二人だけが取り残されてしまったような…そんなひどい錯覚が消えたような気がします」

...

瞬間、車内にけたたましい破裂音が響く。それとほぼ 同時のことだった。ぐわんと車体全体は傾き、

極端なカ ーブを描いてガードレールへと向かっていく。

 

・〈運転〉に成功すれば、ガードレールへの直撃を避ける ことができる。失敗すれば、車体の横腹は勢いよくガー ドレールへと激突する。耐久力に 1d3 のダメージだ。

 

(◆葦屋が道路上に撒いた釘だ。山の神のもとから死体を盗んだ犯人を追っており、決して逃がすことはない)

 

 

佐原は頭を押さえながら顔を上げると、PC を心配そうに見上げる。

 

「だ、大丈夫ですか…。車がスリップしたように見えましたが。お怪我などは…」

 

 

...

 

 

車から出て道路を確認してみれば、そこにはいくつも の曲がった釘が散乱していた。この雨の中、錆びた釘は 地面とほぼ同化しており、一目見ただけでは避けようのない悪質な罠だった。命をも奪いかねない、悪戯と呼ぶ には過激すぎる装置。何者かによる強烈な悪意が悪寒を走らせる。

>>0/1の正気度ロールが発生する。<<

 

一方、佐原は車の前輪を確認すべく、車体に向かって身を屈ませていた。だが、今もなお情けなく空気音を鳴らし続けているタイヤを見れば、わずかな希望さえも抱 くことはできないだろう。

 

「流石に、もう使えませんね。これは、レッカーを呼ん だ方がいいかもしれません」

 

しかし、電話をかけようとしてみても、電波環境が非常に悪くなっており、聞こえるのは雑音ばかりで会話が成り立つことはない。

それに、先ほどまで愉快に歌声を 響かせていたラジオも、じりじりと電波が弾ける音が鳴ったかと思えば、音はぷつりと途切れてしまい、沈黙の まま反応を示さなくなっている。

(◆結界の力は、時と共に強くなっている。インターネット等による外部との接触はもはや絶望的である)

 

 ...

 

 

間もなくして、佐原はどこか覚悟を示したかのように、 己の胸を叩いた。

「実は、N 山に登った時、一軒の小屋を見つけたんです よ。古びてはいたんですが、一応使われてはいるみたいでした。

もう一度行けば、人がいるかもしれません」

「この辺りから N 山に入ったので、道も覚えています。

先ほど、この雨の中で拾ってくれた恩もありますし、ここは僕に任せてくれませんか」

 

 

...

 

 

その提案を承諾すれば、佐原はにこりと微笑むだろう。 そして、一度車内へと戻ると、さっそく出発の準備をは じめる。その時、ふと思い出したように PC へと告げた。

「…そうだ。一つだけお願いしてもいいですか。トランクに積ませていただいたキャリーケースなのですが、中に色々と大事なものが入っていまして…。それだけ、気を付けて見張っておいてくれませんか」

 

佐原は支度を整えると、間もなく出発する。

その後、 PC はしばらく車内で佐原の帰りを待つことになるだろう。降りしきる雨音だけが夜を木霊する。

まるでこの世界にたった一人だけで取り残されてしまったように、何 の気配も感じないまま、一刻ずつ時を持て余す。

その時、また稲光が走ったかと思うと、今まで沈黙を保っていたカーラジオから、またノイズが走り、女性キャスターの機械的な声が響いた。以下はその内容である。

ヒッチ・ハイカー

【ニュース】

ニュースキャスター 『――はバレンタインデー、■■から放送開始です』 『それでは、次のニュースです。■■年から■■年にか け、■■で起きた連続女児誘拐事件。警察は指名手配し た男の写真を公開し、情報提供を呼びかけました。使命 手配されているのは、■■■■容疑者です』 『事件は■■で起き、これまでに六名の女児が誘拐さ れ、今もその行方は分かっていません。現在、警察は■ ■小学校教師である■■容疑者を、一連の事件に関与し た疑いがあるとして、公開捜査に踏み切りました』 『■■容疑者は、身長175cm前後で、体型は中肉、顔全体には特徴的な火傷痕が広がっています。事件に関する 情報をお持ちの方は■■までご連絡ください』

 

(◆佐原が起こした連続女児誘拐事件の報道である。また、この 報道は先月に放送されたものだが、結界によって、カーラジオか ら放送される番組の時系列は歪なものになっている)

 

 

...

 

 

例えようのない戦慄。連続女児誘拐事件、というまる でこの状況とは無関係にも見えるただの言葉が、頭をぐ るぐると締め付ける。身長 175cm 前後、中肉体型、それ に、顔全体に広がる火傷痕。

まさに、ほんの数分前まで 接していた佐原こそが、この事件の犯人像と一致してい るように思えた。

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PC はつま先から沸々と湧いてくる疑心の感情を感じ るだろう。そこで、一つだけ思い出したことがあった。 それは、佐原がトランクに積んでいたキャリーケースで ある。中には一体何が入っているのだろうか。ただの旅行用品か、それとも。今、その中身を確認することができれば、心の中で抱いている不安が、果たして杞憂なの かどうかを確かめることができるかもしれない。

 

⇒もし、キャリーケースを確認するのであれば、車の トランクからキャリーケースを引っ張りだすことができ る。車輪やその近くは泥が跳ねてひどく汚れており、あの山の中でずいぶんと酷使したことが伺える。その後、 三桁しかないダイヤルをしらみつぶしに回していれば、 何事もなく開けることができるだろう。

中に入っていたのは、きつく縄で縛りつけられたブル ーシートの塊だった。土や泥で部分的に茶色く滲んでいる。縄を解いて中を確認しようとしてみれば、ゆるくなったブルーシートの隙間から、なだれ込むようにして、濡れた髪の毛の束が垂れてくる。

その束をたどってみれば、ブルーシートの中で包まっていた存在が分かるだろう。

それは、少女の死体だった。

だが、その死体はただの少女と表現するには、あまり にも異常な特徴を持っていた。それは、額から生えた二 本の角である。飾り物や皮膚病といったくくりでは到底説明できない、ある種の畏怖を感じさせるその双角は、 まるで昔話にでてくる鬼を連想させるだろう。しかし、 その少女はどこかの伝承とはまるで違って、肌は傷一つない絹のように白く、体は枯れ枝のように細かった。

(◆さくらの死体だ。十五年前、葦屋によって剥製として加工され、山の神のもとで埋葬されていた)

少女が見せる、一切の苦しみを感じさせない寝顔のよ うな表情は、つい先ほどまで目を開けていたと言われて も、信じてしまうほどだった。しかし、その少女から発 せられる、わずかな薬剤の臭いと、小さな呼吸すらも感 じさせない、凍てついた様子からとっくにこの少女は死 んでいるのだと、痛烈に感じさせた。

>>1/1d4の正気度ロールが発生する。<<

 

⇒もし、キャリーケースを確認しないのであれば、車内でしばらく時を過ごすことになる。もしくは、車内か ら脱出して、徒歩でどこかへと向かうかもしれない。どちらにせよ、この雨の中で試みられることはそう多くはない。ただ悪戯に時ばかりが過ぎていく。

...

その時、鋭い衝撃音が鼓膜に突き刺さる。それは、紛れもない銃声だった。しかし、PC は、そのことに気付い た時、もうすでに力なくその場に倒れ伏せていた。身を 抉るほどの激痛。呼吸をする度、風穴が空いた左胸から ポンプのように血液が流れ出す。撃たれたのか、そんな 単純な考えが頭の中をよぎった頃には、PC の意識の大部 分は真っ白な景色に呑まれ、体中の感覚がじわりと抜け 落ちていくのような錯覚を味わいはじめていた。

(◆葦屋の射撃だ。山の神に秘められた事実を隠蔽するため、犯 人やその関係者を排除しようとするだろう)

 

 

何者かの足音が聞こえる。そのほとんどは雨音により かき消されているが、それは確実にこちらへと近づいて くる。そして、車のトランクをごそごそと漁る音がしば らく鳴ったかと思えば、ずるずると何かを引きずりなが らまたこちらへと近づいてくる。霞んだ眼でその者の正 体を探ろうとしてみても、映ったのはぼやけた足元だけ だった。じきにその足は地べたに這いつくばる PC を追 い越すと、その主は引きずっていた何かをこちらへと引 き寄せた。

その一瞬、見ることのできたのは、うつ伏せ のまま地面に引きずられる、少女の死体だった

 

(◆葦屋はさくらの死体を引きずりながら、もう一人の関係者 である佐原の命を狙うだろう)

 

 

...

 

 

懐かしい匂いがする。PC はこの土の匂いを知ってい る。それもそのはずだ。一度、S 村に遊びに来たことがある、とこれまでに何度か言われていた。しかし、今ま ですっかり忘れてしまっていたのだ。だが、それも取る に足らない思い出の一つのはずだったからだ。けれど、 この死に至るまでの数秒間、両親や友人の顔より先に、 少しずつ当時の記憶が頭の中で蘇っていく。 あれは、そう。確か十五年も昔のこと。あの日も、S 村では葬儀があった。両親に連れられて、ただ退屈だっ た一日か二日の出来事。それを今、思い出す必要がある ようだ。その時、

遠い森の中、二発目の銃声が轟いた。 そこで重くのしかかった瞼は、ゆっくりと閉じていった。

 

 はじめての友達 

 はじめての友達 

[2003年3月下旬]

がたがたと車の揺れる音。木漏れ日が後部座席で横に なるPCの頬を照らしている。運転席と助手席には喪服を 装った両親の姿。他愛のない会話で暇を潰しているよう だった。PCが目を覚ましたことに気付いた父は、こちら へと話しかけてくる。

 

「お~、起きたか。もうそろそろS村に着くぞ。今のうち に降りる準備しておいてくれ」

 

(◆これは時間遡行ではなく、あくまでPCの走馬灯だ。今のPCに、十五年後の PC に関する記憶はない。当時の PC であればど うしたか、と考えながらRPすることを PL に伝えること)

 

しばらくすると、折り重なる木々とガードレールに挟 まれた窮屈な道を抜け、小さな集落へと到着する。その 内の一軒の家屋の傍へと車を停めるだろう。

「よし、着いたぞ。大事な人のお葬式だから、礼儀正し くするようにな」

(◆元村長、もとい森嶋の父の葬式だ。この葬式を終えた後、森 嶋は正式に村長へと就任することになる)

 

 

...

父はその家屋の引き戸を何度か叩くと、森嶋さん、と 名を呼んだ。その十数秒後、足音がぎしぎしと中から響 くと、中から温和そうな一人の初老の男がにこやかに微笑んで PC たちを出迎えた。

 

「これは、これは…。遠路はるばるよう来てくれたね。 大変だったろう。きっと、父も喜んどるよ。

おや、それ に…PC、だったかな。君もよう来たね。何もないところ だけど、ゆっくりしていきなさい」

 

(◆生前の森嶋だ。遠い親戚であるPCたちを歓迎する)

それから、ひとしきり挨拶が終わったかと思うと、玄関先に集まった三人は、およそ子供には興味のない会話 を長々と話し込みはじめる。ほんの数分ほどの会話だっ たのだろうが、おおげさに孤独感を感じたことを覚えて いる。その時、ふと後ろから、あの、と声がかかる。振り返ってみれば、そこには PC と同い年ほどの少年がも じもじとした様子でこちらを見つめていた。

「こ、こんにちは。外から来た人ですか」

(◆あきらだ。外から来た PC に対して興味を持っている)

 

 

その言葉に頷くと、少年はぱあっと顔を明るくさせる。

 

「僕、夏目あきらって言います! よかったら、外について 色々教えてくれませんか!」

 

 

▶あきらが話す旨は以下の通りである。

〇あきらは外の暮らしについて興味津々だ。PCに関わ る様々なことについて質問するだろう。その質問に答え が返ってくる度に驚嘆の込めた相槌を飛ばす。

 

〇あきらについて聞けば、夏目一家の一人息子だと話す。 九歳である。同い年くらいの子をこの村で見かけるのは かなり珍しいことで、いつもは外で一人遊びをしている か、家で勉強しているだけで退屈していた。

 

〇S村について聞けば、何もない退屈な場所だと話す。 最近まで桜が綺麗だとかで、多くの観光客が来ていたが、 今ではめっきり見なくなった。

 

〇葬式について聞けば、先日、この村の村長が亡くなっ たのだと話す。この葬式が終われば、その村長の息子で ある森嶋さんが新しい村長になるらしい。

 

 

...

しばらくして、森嶋はあきらの存在に気付いたのか、 こちらへと顔を覗かせてくる。

 

「おや、これは夏目さんとこの。もう、ずいぶんと仲良 くなったねえ。うん、子供まで葬儀に参加する必要はないね。夕方頃までそこらへんで遊んできてもいいよ」

 

両親もその提案に乗ったようで、他愛もない注意事を PC へといくつか並べる。それに頷くのであれば、あき らによろしくと伝えて、森嶋と共に家の中へと入ってい くだろう。それを見て、あきらはより目を輝かせていた。

 

「やった! 色んなことを教えてくれたお礼に、僕がこの村 について案内しますよ! どこに行きたいですか?」

(◆他に PC があきらとしたいことがあれば、自由に RP しても 問題ない。あきらもPCとは友好的な関係を築こうとするだろう)

...

 

 

それから案内されたのは、ザリガニがよく釣れる小さな池、きれいな花がたくさん生えている土手、上級生しかいない古めいた学校といったような、もし、都会で生まれ育ったのであれば、どれも目新しい景色ばかりだっ た。何でもない景色であっても、あきらが熱心に説明し てくれているせいで、退屈はしないだろう。 こうして数時間もの間、S 村を歩き回っていると、す でに日は頂点まで上っており、流石に体も疲れ果てていた。あきらも額の汗を拭うと、こちらへと向きなおる。

 

「まだ夕方まで時間はあるので、よかったら僕の家まで遊びに来ませんか! 母さんからは、勝手に人を家にあげるな…って言われているんですけど、PC さんだけは特別 です! それに、お葬式で大人の人はみんないないから、 きっと大丈夫ですよ!」

 

...

 

 

夏目家は、集落から少し離れた森辺にぽつんと建って いた。あきらは中に人がいないことを確認すると、玄関 から PC を招き入れる。そして、そのまま子供部屋まで 案内すると、部屋の隅からおもちゃ箱を引っ張り出し、 その中身を PC の前へと広げはじめた。

 

「へへ、実は見せたいものがありまして。これは、外に 用事があった偉い人とか、たまにやってくる外の人から 頼んで、少しずつ集めたものなんです。流行りのキャラ クターのキーホルダーとか、とっても面白い漫画とか!」

 

あきらはいかにも満足そうな表情で、一つ一つ手に取 って、その魅力を説明する。しかし、その途中で何かに 気付くと、その明るんだ顔は少しずつ曇っていった。

 

「………あれ、おかしいな。とっておきのがあったのに、 失くなってる。小さなプラネタリウムで、PC さんと一 緒に見ようと思ったんだけど………」

 

(◆家庭用の小型プラネタリウムだ。数日前、さくらが地下から 抜け出した時、あきらの部屋から持ち出した)

 

 

あきらは落ち込んだように顔を俯かせる。ぎこちなく 笑顔を作ると、わざとらしく頭をかいた。

 

「あはは、おかしいな。去年の誕生日プレゼントだった んですけど…。もしかしたら、お母さんならどこへやっ たか知っているかも…」

...

 

 

あきらは何をしても手が付かない様子だ。また外出する準備をはじめた。そして、申し訳なさそうにPC に頭 を下げるだろう。

 

「ごめんなさい! ちょっと、お母さんに聞いてきます! すぐに戻るので、それまでゆっくりしててください」

 

そう急ぎ早に告げると、ばたばたと慌ただしい様子で 家から飛び出していった。こうして、

PC は期せずして、 この夏目家の留守を任されることとなる。

...

しかし、それからわずか数分後のことだった。どこか らか人の声がわずかに聞こえた気がした。一瞬、あきらのことを頭に思い浮かべるかもしれないが、どうもそん な雰囲気ではないようだ。

 

・〈聞き耳〉に成功すれば、少女の歌声だということが分 かり、曲調から「きらきら星」であることが分かる。

(◆地下に住むさくらの歌声である)

 

その声をたどってみれば、古びた物置へと行き着いた。 物置の中は様々な日用品がごった返していたが、その歌声はこの物置の床下から聞こえてくるようで、近くにあ る箪笥をどうにかしてどければ、四角い切れ目の中央に 取手が付いた、隠された扉があることに気付くだろう。 扉にはもともと鍵が付けられていたような跡が残って いたが、すでに壊れている。そのまま開けることができ るだろう。中には地下に繋がる一本の梯子がかかっており、その先は闇の静けさのみが広がっている。どうやら、 扉を開けた時点で、声の主は口を閉ざしたようだ。

 

 

 

 

 地下室に入ると、そこにはおよそ信じられない光景が 広がっていた。それは、満点の星空であった。地下室の かすかな闇を照らすように、天井にはいくつもの星が眩き、劇的にこの場を演出している。だが、それも部屋の 中央に置かれた小型の機械が演出しているのだと、程なくして分かるだろう。

 

「あなた、だれ」

 

その時、少女のものであろう、弱々しく緊張した声が 夜空の下で響いた。間もなくして、ぱちりと頭上のランプが灯る。そこにいたのは、鬼のような角を額から生や した、一人の少女だった。

(◆さくらだ。実の母によって地下に軟禁されている。数日前、この部屋から抜け出し、小型プラネタリウムを持ち出した)

 

 旅人と死体 

はじめての友達

 旅人と死体 

[2018年3月下旬]

じわじわと霞がかった視界が晴れていく。それに連れて、意識も明瞭になっていくようだ。少しずつ状況が見えてくる。

PC は運転席のハンドルにうつ伏せになるよ うにして、身体を持たせていた。とても長い夢を見た後 のような、気だるさを感じるだろう。

(◆現代へと戻る。佐原が死亡したことで結界が発動し、佐原が 山の神からさくらの死体を掘り起こした直後まで時は巻き戻る。 PC の耐久力が減少していれば、その分回復させること)

 

 

間違いなく死んだはず、そう思って左胸に手を当てて も、活発な鼓動音が聞こえるだけで、何の異常もみられ なかった。それどころか、車窓に広がる K 峠はからから に晴れ、微妙な既視感のみを残している。今まで体験し た出来事や走馬灯は、本当に夢だったのだろうか、それ にしてはあまりにもリアルで、身体にはしっかりと現実 の感覚として残っていた。 その時、どこかで見たような鼠色の雲が辺りに漂いは じた。次に、前奏じみた小ぶりの雨が降ったかと思うと、 間もなくどしゃぶりが K 峠を襲った。時刻を確認すれば、 そこには佐原と別れてから数十分ほど過去の時間を、時 計の針は示していた。PC は気付いてしまう。PC はあの 死の瞬間から時が逆行し、数十分ほど過去の時間まで戻 ってきたのだと。

>>1/1d4+1の正気度ロールが発生する。<<

...

 

 

コンコンコン

 

三度、窓を叩く音が鳴る。その音に振り向けば、窓越しに一人の男がこちらを覗き込んでいた。

その男は見覚 えのあるアウトドアウェアを身にまとい、左手にはあの キャリーケースを引いている。そして、困り果てたよう に PC にこう言うのだ。

(◆佐原だ。山の神のもとからさくらの死体を掘り起こし、K峠 へと下ってきた。その後、予想外のどしゃぶりに見舞われたこと から、PC の車に対してヒッチハイクを試みるだろう)

 

「すみません、どうか町まで乗せてくれませんか」

 

⇒もし、佐原を車に乗せずに立ち去るのであれば、後ろから何かこちらを懸命に引き留めるような声が聞こえるが、すぐにその声は降りしきる雨音によってかき消される。その後、何かに阻まれるようなことはなく、白が かった雨もやの中、たった一人、車を走らせることにな るだろう。

だが、それからしばらくのことだった。どこからか遠く銃声が鳴った気がした。かすかな反響音のみが、数分前に通り過ぎた路上から響いている。一瞬、背後を振り 向いてみれば、リアガラスから見える白い霧は、より濃 度を増していっているように見えた。じきに、PC の意 識もまた、白く染め上がっていくような感覚を覚えた。 ガシャン 瞬間、強烈な衝撃と共に車体は大きく空中へ放り出さ れる。自由落下の中、車体と共に弾きだされた錆びつい たガードレールの破片を見て、やっと PC はこの絶望的 な状況を理解する。しかし、理解したところで打てる手 はもう一つとして残されていない。じきに、車体は K 峠 の底の底へと落ちていった。

 

 旅人と死体 

 

(◆PC に置き去りにされた佐原は葦屋よって殺害される。その 後、結界が発動し、佐原が山の神からさくらの死体を掘り起こし た直後まで時は巻き戻る。それまでに消えゆく世界に呑み込ま れ、PC の意識は失われてしまうだろう。また、何らかの方法で 事故を避けたとしても、佐原が死亡した時点で時は逆行する)

 

 

⇒もし、佐原を車に乗せれば、またキャリーケースを トランクに乗せて助手席に腰を下ろそうとする。そして、 ほっと一安心して微笑むと、恭しく頭を下げた。

 

「本当に助かりました。突然のにわか雨で立ち往生して いたところを…。あ、申し遅れました、佐原彰人と言い ます。ちょっとした観光で N 山を見にきていまして…」

 

(◆さくらと関係性のない佐原には、時が逆行する以前の記憶はない。PC がはじめて会った時と全く同じ応対をするだろう)

 

▶佐原が話す旨は以下の通りである。

〇佐原について聞けば、小学校教師だと話す。とはいえ、 去年、入職したばかりの若輩者である。この頃、いつもの業務に加えて資格勉強に追われていたが、気分転換も 兼ねて一日だけ有休を取り、少しだけ遠出をして N 山に 観光をしようと計画していたのだ。しかし、突然の雨に より近くで待たせていたタクシーを見失ってしまい、途方に暮れていた頃、PC と出会ったのだ。

 

〇N 山について聞けば、桜を見にきたのだと話す。一昔 前、N 山には見事な一本桜が咲くと噂になっていたこと を知り、一目見ようと N 山に登ることを決意したのだ。 結果的に、その桜を見ることには成功したが、今考えれ ばかなり危険なことをしたのではないか、と反省する。 しかし、その咲き誇っていた桜は今まで見てきたどの花 よりも美しく、また機会があれば見にいきたい。

 

〇火傷について聞く、もしくは気にする様子を見せるの であれば、この傷はまだ子供の頃、家が火事になった時、 負ってしまったと話す。生き残ったのは自分だけで、家 族はもういない。とはいえ、かなり昔のことなので、事 故に関してあまり覚えてはいない。いつもは化粧で火傷 の痕を誤魔化しているのだが、この雨で崩れてしまった。

 

(◆これらはすべて事実だが、山の神のもとから死体を掘り起 こしたことや、その死体をキャリーケースに入れていること、ましてや連続女児誘拐事件の犯人であるといった、これまで行っ てきた法律や倫理に背くようなことは決して話そうとしない) 

...

⇒もし、連続女児誘拐事件について聞けば、佐原はぴ くりと肩を揺らすと、苦々しく笑みを浮かべた。

 

「ハハ、困ったな。言いたいことは分かります。確かに …こんな状況ですから、怪しまれるのは当然です。それ に、犯人の特徴はよく僕と似ていますから…」

「でも、僕は犯人ではありません。指名手配されていましたよね、その犯人。けど確か、今月頭には警察に逮捕 されたと、報道されていたはずです。もしや、PCさんが 聞いたのは、過去の報道だったのではありませんか」

 

(◆嘘だ。だが、一部に事実も含まれている。佐原は連続女児 誘拐事件の犯人だが、カーラジオから流れた報道は先月のもの であり、その後、実際に佐原は逮捕された。結界が発動されて いることもあり、〈心理学〉では確かな情報は掴めない)

 

その言葉を聞くと、ふと、いつか聞いたカーラジオで の報道に何とも形容しがたい違和感を覚える。

 

・〈アイデア〉に成功すれば、はじめに女性キャスターが 話していた、バレンタインデーに放送開始、といった言葉が引っかかる。もしかしたら、先ほど耳にした報道は 二月以前のものだったのかもしれない。そう思うと、目に見えない何者かによって、故意的に疑心をかきたたせ られたような、そんな不気味な印象を抱くだろう。

>>0/1d2の正気度ロールが発生する。<<

 

⇒もし、少女の死体について聞けば、佐原は深く顔を 俯けさせる。そして、何かを念入りに考えこむようにし て、しばらく沈黙すると、ぼそりと一言だけ漏らした。

「……なぜ、知っているんですか」

佐原はPCの言葉を聞くと、重々しげに溜め息を吐く。

「…驚きました。ただの冗談で言っているわけではない ようですね。分かりました。原理は分かりませんが、荷物の中身を知られてしまった以上、このまま無関係を主 張する気はありません。きちんとあの少女についてお話 しましょう――」

(◆佐原は葦屋の追跡から逃れるために、PCの協力が必要不可 欠だと考えている。改めての協力を申し出るだろう)

...

 

 

雷鳴がいななく。ふと、佐原の方へと振り向けば、運転席に座るPCに向かって、必死の形相でこちらへと向かう様子が稲光によって照らされた。そのまま覆い被さら れる形で伏せさせられると、強烈な破裂音が森の奥から 轟いた。一瞬の内にすぐ近くの窓は粉々に飛び散り、ば らばらと小さな硝子片が頭上に散らばる。

 

「銃です! 銃を持った人が!」

 

カーラジオからノイズが鳴り、この張り詰めた空気と は相反した陽気なジャズ音楽が車内に響く。その時、二 発目の銃声が轟いた。一発目よりもさらに近くで。

 

・〈運転〉に成功すれば、アクセルを全開にしてこの場か ら逃走することができる。

失敗すれば、その銃弾は肩口 をえぐった。耐久力に1d6のダメージだ。

 

(◆葦屋の射撃だ。一巡目とは状況がわずかに違うため、佐原と 共にいる状況で襲撃される)

 

 

...

しばらくすれば、ジャズ音楽は少しずつフェードアウ トしていく。そして、MCの音声へと切り替わる、はずだった。突如、けたたましい雑音が鳴り響いた。鼓膜を 突き破ってしまうのではないか、という激しい音の揺 れ。それから十数秒、ぎゃあぎゃあと不快音のみが車内 を占領した。だが、それも電源が切れたようにぷつりと 音を発するのを止めたかと思うと、たった一言だけの言 葉を残した。

 

『逃がサない』

 

それは、全く別々の人が発した言葉を一語ずつ分解し て、必要なものをそのまま接合したような。

心が無いよ うで、それによって出来上がった言葉は尋常でないほど の執念が込められていた。ばちり、と何かが弾けたよう な音が聞こえる。カーラジオからは小さな煙が上がり、 もう反応が返ってくることはなかった。一部始終を目撃 していた佐原もまた、絶句しているようだった。

>>1/1d3の正気度ロールが発生する。<<

 

 

(◆山の神の言葉だ。さくらの死体を盗み出した佐原に対して 殺意を抱いている)

 

 

...

 

 

近くの風景を見てみれば、遠くの光景は白く閉ざされ ていたが、木々の形や車道に付けられた白線の欠け具合、そのすべてが心の奥に秘められたデジャヴに否応な しに反応していた。そして、連想されたのは、この先に 待ち受ける道路に散らばった釘のことだった。 ブレーキをかければ、佐原は困惑したように首を傾げ る。だが、すぐに目の前に広がった釘の山に気付くと、 やはり驚愕したようにPCに目をやった。

 

「よく、気付きましたね…この雨の中。いや、僕だった ら雨じゃなくても見逃しちゃいそうです」

 

(◆もし、PCはこの繰り返す現象について話す、もしくは話し ていたのであれば、佐原は半信半疑だった様子から、次第に信用するようになるだろう)

...

 

 

佐原は路上に広がる釘を片付けると、手早く車内へと 戻ってくる。そして、全身に滴る雨水を拭うと、

PCに向 けて話はじめるだろう。

「…すみません、きっと僕がPCさんを巻き込んでしまっ たんです。きちんと事情をお話します」

 

佐原はそう言って、懐から古ぼけた雑誌の切り抜きを 取り出し、PCに差し出した。以下はその内容である。

旅人と死体

【オカルト雑誌】

「山の神」

某県にある秘境S村、周りをぐるりと囲むようにして あるN山の奥地に、その伝説の一本桜はあった。まるで この世ならざる幽霊じみた儚さを持つ一方、ほとばしる 生命力を感じさせる見事な桜色は、取材班の心をいとも 容易く鷲掴んだ。この桜は現地の人々から“山の神”と呼 ばれているようで、ある種、信仰とも呼べるほどの念を 抱かれているようだ。取材中、その力を象徴するよう に、“山の神”を掘り起こそうとした取材班の一人が目の 不調を訴えはじめた。その後、すぐに下山したため大事 には至らなかったが、もし、あのまま取材を続行してい たら、“山の神”の美しさに文字通り、目を奪われていた かもしれない。また、N山の近辺で猛々しく吠える鬼め いた怪物を見たとの証言も上がっている。我々は“山の 神”に住まう鬼の怒りを買ってしまったのか。一体、あ の桜の木の下には、何が埋まっているというのだろう。

 

(◆山の神の力だ。辺りの生物から、MPを少しずつ吸収してい る。また、猛々しく吠える鬼とは葦屋のことである)

 

▶佐原が話す旨は以下の通りである。

〇雑誌について聞けば、十数年ほど昔の雑誌だと話す。 偶然、古本屋で見つけた。そこで、“山の神”について知 ってから、その桜の根元に埋まっている何かをどうして も確かめたくなり、N山まで訪れたのだ。

 

〇“山の神”について聞けば、見事な一本桜だったと話す。早速、根元を掘り起こそうとしたが、目に異常が起 きるようなことはなかった。オカルト雑誌の嘘か、もし かしたら個人差があるだけなのかもしれない。そして、 何事もなく、桜の木の下を暴くことができた。それは、 何人もの人々の死体だった。流石にこのような状況を放置するわけには行かず、警察に届けるため、その内の一 体である少女の死体を、持ち寄っていたキャリーケース に詰めたのだ。このことを正直に伝えるべきか迷った が、信じてもらえなかったり、混乱させてしまったりす るかもしれなかったので、今まで黙っていた。

 

〇襲撃者について聞けば、もしかしたら、N山に入った 時から尾けられていた可能性があると話す。少女を掘り 起こしていた時、どこかから視線を感じて急いで下山し た。何者かが口封じのために追ってきているのだ。先ほども銃を構えた何者かの姿がちらりと見えた。

...

しばしば鳴る稲妻に照らされながら、車を走らせる。 もうじき峠も超えようか、そのような時だった。視界は 絶望的な光景で染め上がる。それは、まるで木々によっ て形作られた巨大な檻だった。車道脇に生えていたとり どりの木々たちは、不気味なほどに捻じ曲がり、小枝の 一本一本が鋭利な棘となって、アスファルト道路を突き 刺していた。部分的に地面は盛り上がり、ガードレール はだらんと力なく垂れ下がっている。

(◆山の神の意思だ。物理的な手段では結界から脱出することはできない)

 

ここからは一人足りとも逃がさない。そんな確たる意 思がこの山全体に孕んでいるような、得体の知れない底 なしの悪い感覚を覚える。あまりに現実離れした出来事 に、くらりと眩暈がする。

>>1/1d3の正気度ロールが発生する。<<

 

 

...

 

 

佐原はしばらく考え込むようにして身体を丸めたかと 思うと、意を決したように助手席から出て、トランクか らキャリーケースを引っ張りだした。

「あまり信じたくはありませんでしたが、神様の祟りと いうのは、実在するものなのかもしれません。許される かは分かりませんが、これは“山の神”のもとへとお返し することにします。きちんと埋葬してあげられないの が、何よりも可哀そうですが」

 

そして、佐原は申し訳なさそうに肩をすくめる。

 

「雨が止むまでここでお待ちを、と…そう言いたいのは 山々なんですが、先ほどの襲撃者がここまで追い付いて こないとも限りません。一人でここに留まる方が、かえ って危険かもしれません。PCさんのことは、命に代えて もお守りします。ですから、一緒に来てくれませんか」

 

 

...

 

 

その言葉に頷けば、佐原は、厄介ごとに付き合わせて しまって申し訳ありません、と深々と頭を下げるだろ う。そして、キャリーケースを持つ手とは逆の手でPCの 手を引いた。PCはもはや使い物にならなくなった車に背 を向けて、N山へと足を踏み入れることだろう。

 

→  鬼の棲む山 

 鬼の棲む山 

雨でぬかるんだ泥と土の塊を蹴りながら、黙々と歩きつづける。途中、何発かの銃声がずっと後ろの方角から鳴り響いた。それから間もなく、ガラスの砕け散る音 や、金属が凹むような衝撃音が森の中を木霊した。しかし、あえて佐原はそれを口にするようなことはなく、ただひたすらに先を目指すだろう。

(◆葦屋がPCの車を破壊する音だ)

 

それから十数分ほど歩きつづけていると、一軒の小屋 が見えてきた。古めいた壁は一部腐食しており、一見し て放置されて久しい廃墟のように見えた。だが、それを 見た佐原は、嬉々とした様子でその建物を指差す。

 

「良かった、迷子にはならずには済みそうです。この小屋、何かと目印にしていたんですよ。もしかしたら、 “山の神”について分かることがあるかもしれませんね」

 

 

《小屋》

◇小屋:扉に鍵はかかっていないようだ。そのまま中へ 入ることができる。室内は獣じみた臭いと薬剤の臭いと が混ざりあって、独特な臭気が染みついていた。小屋に しては、それなりに大きめな空間ではあるのだろうが、 汚れた畳の上に窮屈に敷き詰められた様々な道具やがら くたで、その広さを感じられることはなかった。すべて の道具にとても統一性があるようには思えなかったが、 いくつかの道具にはブルーシートがかけられている。

 

⇒ブルーシートA:一目見れば、長机のような形をして いる。ブルーシートをどけてみれば、それは古めいた図工机であった。表面には腐った魚を捌いて放置したよう な、黒い染みと共に何とも言えない異臭が漂っている。 また、下の収納には、片一方の刃先が包丁のように大 きなハサミや、尻尾に耳かきの形をした器具が付いたナ イフなど、およそ一般的でない特別な道具が置かれてい た。どれも昔から使い込まれた形跡が残っており、一部 の使えなくなった器具は、新聞紙に丸まれて雑に捨てら れているようだ。

 

・〈目星〉または〈アイデア〉に成功すれば、丸まっていた 新聞紙の方に目が留まる。今月頭に発行されたもので、 連続女児誘拐事件について取り上げられていた。以下は その内容である。

鬼の棲む山

【連続女児誘拐事件 】

■■で起きた連続女児誘拐事件。警察は略取誘拐容疑 で指名手配されていた男を逮捕した。女児六名の誘拐お よび殺害した疑いがあるとして逮捕されたのは、小学校 教師である血沼洋介容疑者。近隣の住民の通報によって 逮捕された血沼容疑者の自室からは、行方不明中だった 六名の女児の遺体が発見された。警察は犯行動機など事件の全容を追及していくとの姿勢を示した。

 

(◆血沼は佐原の本名だ。連続女児誘拐事件の犯人である。今月頭、警察に逮捕されたが、今朝、留置場から脱走した)

 

 

⇒もし、佐原に対して連続女児誘拐事件について追及 していなければ、ふと、いつか聞いたカーラジオでの報 道に何とも形容しがたい違和感を覚える。

 

・〈アイデア〉に成功すれば、はじめに女性キャスターが 話していた、バレンタインデーに放送開始、といった言葉が引っかかる。もしかしたら、先ほど耳にした報道は 先月以前のものだったのかもしれない。そう思うと、目 に見えない何者かによって、故意的に疑心をかきたたせ られたような、そんな不気味な印象を抱くだろう。

>>0/1d2の正気度ロールが発生する。<< 

⇒ブルーシートB:一目見れば、長めの箱のような形を している。

ブルーシートをどけてみれば、それは棺だっ た。わずかに心地のよいヒノキの匂いが漂ってきている ことから、用意されてから間もないものだと分かる。 蓋を開けてみれば、中には森嶋の遺体があった。死装束こそ着せられていたが、まるで直前まで起きていたか のように、安らかな顔で眠りについている。

 

・〈アイデア〉に成功すれば、身長や体つきから比較して も、非常に軽いことが分かる。

・〈聞き耳〉に成功すれば、きつい消毒薬のような臭いが かすかに漂ってきていることが分かる。

・〈薬学〉に成功すれば、部分的に臭い立つ消毒薬や本薬 の臭いを感じ取る。恐ろしいことに目の前の遺体は、剥製として加工されているのだと理解する。

>>1/1d2の正気度ロールが発生する。<<

(◆葦屋は人間の死体を剥製にする時、肉や臓器といったもの はすべて抜いている)

 

 

⇒ブルーシートC:一目見れば、大きな樽の形をしてい る。ブルーシートをどけてみれば、それは酒樽のようだ った。きつく荒縄で密閉されていることや、品種も書か れていないことから、どんな酒が入っているのかは分か らない。

荒縄をほどいてみれば、中を検めることができる。だが、そこにあったのは赤茶色に滲んだ肉の塊と、黒ずん だ液と黄色く浮き出た汁とで混ざり合った、濃縮された 血溜まりだった。これまで嗅いだどの臭いとも比較にな らない、強烈な悪臭が鼻孔の奥に触れる。PCは理解す る。この酒樽に詰まった何かはきっと、多くの命から肉 や臓器を剥ぎとり体液で浸した、血の酒なのだと。

>>1/1d4の正気度ロールが発生する。<<

 

 

...

「何をしている」

その瞬間、尋常でないほどの力でPCの頭は掴み上げら れ、勢いよく地面へと叩きつけられた。

ひどい鈍痛が頭 からつま先まで駆け巡る。その数瞬後、聞き覚えのある 一発の銃声が至近距離から響くと、這いつくばったPCの 視界に、どさり、と血に塗れた佐原の身体が転がった。

 

(◆葦屋だ。山の神に秘められた事実を隠蔽するため、犯人やその関係者を排除しようとするだろう)

 

次にPCの身体は乱暴に持ち上げられ、そのまま首元に手がかかる。万力のような力でぎりぎりと気道を締め付けられ、意識はぼんやりと遠くなっていく

 

 

...

 

 

やがて、ひどい頭痛と共に目を覚ます。じわじわと感 覚が明瞭になっていく中、漂う独特の異臭から小屋内に あった作業台の上に寝かされていることが分かった。し かし、身体を動かそうにも四肢はきつく固定されて、身 動きを取ることができない。どこかで何かの器具がぶつ かり合う、がちがちという不快な音だけが響いていた。

 

「生きとったか」

 

薄闇からぬうっと顔を出してきたのは、葦屋だった。 葦屋は手に持った燭台に火を点ける。すると、部屋全体 はほのかに照らされ、天井に縄で吊るし上げられた佐原 の姿が目に入った。佐原はうめき声こそ出しているが、 意識はないようだ。無抵抗のままあばらの穴から血の糸 を垂らし、受け皿として置かれた酒樽に注がれている。

...

 

 

葦屋は何の問いかけに答えることもなく、背を向けて また金属めいた不快な音を鳴らしはじめる。そして、独 り言のように呟く。 「お前、塩焼きは好きか」

「俺は好きだ。身も、皮も、内臓も、脳みそも。だか ら、いつも頭からぼりぼり喰っちまう。でも、それじゃ 行儀が悪いってんで、森嶋にはよく止められたもんだ」

「だから、上品な奴に塩焼きを出す時には、いつだっ て、骨はもちろん、皮も、内臓も、脳みそも、全部抜い てやる。喉につかえないように、それはもう丁寧にな」

...

不快音は唐突に鳴りやんだ。葦屋は振り返る。その手 には鋭いメスの形をした刃物が握られていた。その先端 は赤黒い染みで滲んでいる。それが一体、何の染みなの か容易に想像することができた。

 

「それと同じだ。お前を贄にするには、ちと肉が多すぎ る。だから、いらん肉を全部抜くために、まず腹をひらく。神様が喉を詰まらせんようにな」

「それから、骨を傷つけんように表面の肉だけを削いで いく。これまで気を失っていた奴は、いつもここで飛び 起きる。だが、薄くなった肉の隙間から臓物を一つずつ 引きずり出した時にゃ、糞袋のもんを吐き出して死ぬ」

「残ったごみは樽に放り込んでおく。剥ぎ取ったもんはじっくり薬につけて、塩梅になったら肉の代わりに綿を 詰める。あとは代わりの目ん玉をはめて完成だ」

 

...

葦屋は握っていた刃物を持ち直すと、先端をPCの腹部 と押し当てる。次に、まるで正確な図形でも引くような 速度でゆっくりと、その刃先で線を引いていった。刃を 立てた数秒後から血が滲んでいく。じきにきれいな楕円 が引かれた時には、まるでへそに火でも点いたような、 耐え難い苦痛の感覚が思考の中を駆け巡っていた。 葦屋は苦痛に喘ぐPCを気にすることなく、機械的にま た別の器具へと持ち変える。それは小ぶりなナイフのよ うな形をしていた。そして、表皮に付けられたわずかな 切れ込みへと刃先を突き刺すと、ぎりぎりと神経を離し ていった。剥き出しになった筋肉との境界が明瞭になっ ていく。葦屋はその隙間に指をかけ、まるで着せられて いた服を脱がすように、めりめりと皮を剥いでいった。

>>1d3/1d6+1の正気度ロールが発生する。<<

 

...

寝かされている作業台から、飛散した血肉と白く濁った脂肪とで混ざり合った液汁が、独特な臭気と共に溢れ ていた。わずかに視線を下げれば、腹部にぽっかりと空 いた穴から、どんよりと黒く滲んだ肝臓、赤い血管がき れいに浮き出た胃袋、赤黄色に光沢を放つ十二指腸に小腸といった、自分自身を構成する部位の数々を一望する ことができた。

もはや、痛みは感じなくなっていた。逆に、神経に器 具が触れる度、快楽に近い感情でさえも覚えはじめてい た。その感覚は脳が精神を防衛するための未知の機構だ ったのか、もしくは、痛みのあまりに脳の神経が焼き切れてしまったのか、分からないが。どちらにせよ、もう身体も心もとっくに壊れてしまったのだ。

 

 

...

 

 

ぼちゃん 何かが水面に弾ける音。ふと、上を見上げてみれば、 吊るされた佐原が、縛り付けた縄で搾られるように、青 く変色した唇の隙間から血を垂らしていた。きっと、締め付けられた縄のせいで、大事な器官か何かを吐き出し てしまったのだろう。

もう、わずかな生命の気配すらも 感じることはできなかった。

そう気付いた時、辺りは白い靄で立ち込もっていっ た。意識もまた、白く染まっていく。ただ、静かな空間 がそこにある。もう何の感覚もすることはなかった。

 

→  一生のお願い 

 一生のお願い 

[2003年3月下旬]

夏目家の一室にあった秘密の通路。その先に続いてい たのは、畳が何枚か敷かれて、その上に雑然と絵本や玩具たちが散乱しているだけのちっぽけな空間だった。頭 上のほのかな灯りと、中央の機械から投影された、ぼん やりとした星明りで照らされた少女は、はっと気付いた ように額から生える二本の角を小さな手で覆う。

(◆さくらだ。PC が先に見ていた走馬灯の続きである。今のPC に、十五年後の PC に関する記憶はない。当時の PC であればど うしたか、と考えながら RP することを PL に伝えること)

 

▶少女が話す旨は以下の通りである。

〇少女はどこか怯えたように身体を緊張させている。突如として現れた PC に対して、非常に困惑している。しかし、PC が危害を加えに来たわけではないことを理解しはじめると、少しずつ心を開いていくだろう。

〇少女について聞けば、夏目さくら、と話す。生まれた 時からずっと、母によってこの地下室に閉じ込められて いる。それ以外のことは分からない。

〇角について聞けば、分からない、と話す。生まれた時 から生えていた。しかし、母には生えていない。他に人 を見たことがないため、珍しいかどうか分からない。だ が、人に角を見せるな、と母からきつく言われている。

 

〇あきらについて聞けば、知らない、と話す。母から兄や弟がいるとは聞いたことがない。しかし、頭上から母 とは違う声がよく聞こえることから、もしかしたら、他 に家族がいるのかもしれない、と考えたこともあった。

 

〇玩具について聞けば、たまに母が持ってきてくれるの だと話す。その時、星を映す小さな玩具がある、と母が 口を滑らせたことがあった。それから、どうしてもその 玩具が気になってしまい、数日前、この部屋から抜け出 した。その時、見つけられた玩具がこの小型プラネタリウムという機械である。 

...

さくらはこちらへと少しずつ距離を詰めると、ちょん とPCの裾を引いた。

「…ねえ、お願いがあるの。それも、一生のお願い。私をね、お外に連れて行ってほしいの」

「生まれた時からずっと、この暗い部屋で閉じ込められてきた。きっと、このままだと、干からびて石になるまでこの部屋の中。

もう、こんなとこは嫌! ねぇ、お願い …。一度でいいから、お日様を見てみたいの」

 

 

...

その言葉に頷けば、さくらの顔はぱあっと明るくなる。そして、そのままPCの真似をするように、慣れない手つきで梯子に手をかける。そして、そのままぎしぎし と音を立てながら地上へと上がっていく

(◆もし、PCがさくらの頼みを断ったとしても、さくらは勝手に部屋から出てしまうだろう)

 

 

夏目家に人の気配はない。まだあきらは帰ってきては いないようだ。一方、物置からとぼとぼと出てきたさくらは、挙動不審に視線を迷わせていた。しかし、裏口から漏れる日光に気付くと、高鳴る期待を隠しきれずに、 ぴょんぴょんと小さくその場で足踏みをはじめる。 そのまま外へ出ると、橙色に輝く夕日がこちらを照ら していた。さくらは驚いて、思わず両手で視界を覆う。 だが、少しずつ指と指の間は広がっていき、しばらく硬 直すると、惚けたように小さく溜息を吐き出した。

 

「赤くて、明るくて…ねえ、これがお日様なの?」

 

(◆他に PC がさくらとしたいことがあれば、自由に RP しても 問題ない。さくらもPCとは友好的な関係を築こうとするだろう)

...

 

 

その時、がさりと背後の藪から音が鳴る。その音に振 り向いてみれば、そこには猟師めいた、一人の男がこちらを睨んでいた。当時、両親から手ひどく叱られたこと の一度か二度はあっただろうが、それとは比較にならな いほどの、強烈な怒気。直後、男は担いでいた鹿の死体 を乱暴に投げ捨てると、腰に差した手斧を抜き取った。

 

「この…掟やぶりが。餓鬼ども、こっちへ来い」

 

(◆十五年前の葦屋だ。S村の掟を破ったさくらと、その協力者であるPCを殺害しようとするだろう)

7

さくらの顔はみるみるうちに青冷めていく。瞬間、男 の方へ振り返ることもなく、PCに向かって、逃げて、と 叫ぶように告げた。そして、男とは逆側の森の茂みに向 かって一目散に駆けていく。鋭い舌打ちをした男は、握 った手斧を振り上げてこちらへと迫ってくるだろう。

 

・〈DEX×5〉に成功すれば、小さい体躯を生かして森の奥 へと逃げることができる。失敗すれば、投擲された手斧 が掠っていく。耐久力に1d3のダメージだ。 

...

 

山道を一目散に駆けてから、しばらく経った。もうあの男は撒けたのだろうか。あれからさくらは逃げ切れたのだろうか。今、父や母は一体何をしているのだろう か。様々な考えが濁流となって押し寄せる。 その時、目の前に一軒の小屋が現れた。古びてはいる ようだったが、近くの木の葉はきれいに掃かれており、 定期的に手入れをされているような痕跡がある。そして 何よりも、どこか見覚えのある小さな足跡が、この小屋 の中へと続いているようだった。

(◆十五年後、PCと佐原が訪れることになる小屋と同じ建物 だ。葦屋に追われたさくらはこの小屋の中へと逃げ込んだ)

...

 

 

室内は何とも言えない悪臭が漂う、小道具に溢れた物置のような部屋だった。薄暗くてよく分からない。一 歩、足を踏み出すと地面に無造作に置かれた金属片のよ うなものを踏みつけて、ぱちり、と音が鳴る。その時、 どこからか小さな悲鳴が上がった。その悲鳴へ目を向け ると、部屋の隅でうずくまるさくらの姿があった。さく らは小刻みに身体を震わせている。

「………ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

さくらはPCを確認すると、一目散に飛びついてくる。 そして、わんわんと大粒の涙を流すだろう。

 

「……ごめんなさい。わがままなんて、言わなきゃよかっ た……。私が、掟やぶりだから………」 

...

さくらを落ち着かせれば、真っ赤になった目の周りを ごしごしと擦って、ゆっくりと話をしはじめるだろう。

 

「お母さんから聞いたんだけどね…。この村には、みっ つの掟があるんだって。ひとつめは、この掟を口に出さ ないこと。ふたつめは、神様の贄に手を出さないこと。 みっつめは………額から、角を生やさないこと」

「それでね、見つかった掟やぶりは…神様の贄にされち ゃうの。私は、生まれた時から掟やぶり。だから、お母 さんは外に出ちゃ駄目だって…。お母さん、ごめんなさ い………。約束、守れなくてごめんなさい………」

(◆S 村の掟だ。掟を破った村人は山の神に捧げられる).

 

 

...

しばらくすると、小屋の外から何者かの足音が聞こえてくる。その足音は少しずつ大きくなっていき、扉の隙 間から差し込む影がこちらへ伸びてくる。

 

・〈目星〉または〈アイデア〉に成功すれば、低い視線から 気付くことができたのか、畳の一部が腐って床が抜け落 ちていることに気付く。失敗すれば、さくらがその抜け 道を教えてくれるだろう。

 

(◆葦屋の足音だ。夏目家からPCとさくらを追跡している)

床下へと入れば、頭上から乱暴に扉を開け放つ音が響く。そして、荒い息遣いが間近まで聞こえてくると、雄 叫びにも似た叫び声と共に、連続した破壊音とその衝撃 が伝わってくる。さくらはぶるぶると震えながら、PCの 裾を引いている。夕焼けの光が、二人の顔を照らす。そ のまま小屋の外へと出ることができるだろう。

...

山の中を彷徨っていれば、日はじきに沈んでいく。わずかに差し込む月の光を頼りにして、暗い道の上を進 む。さくらもその後を、何も言わずについていくだろ う。その時だった。闇の向こうから桜色をした花びらが 夜風に乗せられて、ひらひらと飛んでくる。さくらは地 面にぽとりと落ちたその花びらを拾った。

 

「これ…何だろう。きれいな色だね…」

 

花びらが飛んできた方向へと向かえば、鬱蒼とした森 林から打って変わり、ぽっかりと開けた空間へと出た。 そこは、痩せた土に低い草がところどころ無造作に生え ているだけの、ちっぽけな場所に見えた。しかし、その 空間に足を踏み入れてみれば、見事に咲き誇る一本桜が 目に入る。この世のものとは思えないほどの幻想的な美しさ。月の光が反射して妖しい色を輝かせる桜の雨は、 視界いっぱいに広がっていく。さくらは生涯はじめて目にする、桜吹雪にぼうっと見入っているようだった。

 

「きれい………。これが、さくら………?」

 

(◆山の神だ。その美しさはどのような絶景にも劣らない)

 

 

...

 

 

さくらは桜の木の根元まで歩いていくと、その場にち ょこんと座り込んだ。そして、何かに気付いたように上を見上げると、空に向かって指をさす。目をきらきらと 輝かせて、PCに空を見上げるように促す。

 

「ねえ、見て! あれも、とってもきれい!」

空を見上げてみれば、そこには満点の星空が広がって いた。

かつて見た人工的な星々とは比にならないほど の、自然によって大迫力に演出された夜空。その星々に 紛れて散る、いくつもの桜の粒も、夢想的な雰囲気を醸 し出していた。ふと、さくらへと目を向けてみれば、泣 き疲れて赤くなった頬に、また一筋の涙が伝っていた。

 

「PC、ありがとう…。私だけだったら、こんなところま でなんか、行けなかった。ううん、あの部屋から出るこ とも、できなかった。…これまで見てきた、お日様の眩 しさも、土のかたさも、風のにおいも、忘れたくない」

「…ほんの少しだけね。お母さんに会いたくなっちゃっ た。ちゃんと謝ったらみんなも許してくれるかな。そうしたら、今度はちゃんと家族と一緒に住めるのかな」

 

少しずつ目が霞んでくる。それに伴って、瞼も徐々に 重くなっていく。この山の中をずっと駆け回っていたの だ。疲れ果てて眠くなるのも不思議ではない。しかし、 ここで眠ってしまったら、きっと後悔することになる。 そう思考の奥で訴えているのにも関わらず、何か抗えな い力で抑えつけられるように、意識は沈みつつあった。

 

(◆山の神の力だ。PCとさくらのMPを少しずつ吸収している。じきに意識を失ってしまうだろう)

 

そして、半ば閉じ切った視界の中、桜の木に寄りかかり、幸せそうに眠るさくらの顔だけを見つけることができた。

じきに視界のもう半分も、日の沈みのようにゆっくりと閉じていくだろう。

 

 

...

 

 

次に目を覚ますと、そこは夏目家の一室であった。た だ床に寝かされているだけで、何の抵抗もなく身を起こ すことができた。だが、すぐに異常を察知する。それ は、臭いだった。どこからか漂う強烈なガソリン臭。そ して、障子の先から響いてくる悲鳴と泣き声が、より不 安を掻き立てるだろう。

(◆PCとさくらは葦屋に捕まる。そして、葦屋は夏目家を火事 に見せかけて殺害するため、ガソリンを家中に撒いている)

 

 

瞬間、障子が勢いよく開かれたかと思うと、中から先ほどの猟師めいた男と、その身体にしがみつくようにし て項垂れる、大人の女が現れた。猟師の片腕にはさくら とあきらが抱き抱えられ、しがみついて離そうとしない 女を煩わしそうに引きずりながら、部屋の中へと入って くる。意識がないのか。さくらとあきらは無抵抗のまま 床へと放り投げられると、もう片腕で持つガソリン缶の 中身をこの部屋の中へとぶちまけた。

(◆葦屋だ。女はさくらとあきらの母だ。我が子のため、葦屋 に対して必死に許しを乞いでいる)

 

しがみついていた女は絶叫にも近い声で、やめてください、子供たちだけでも…そんな言葉を、許しを乞うよ うに猟師に投げかけていた。しかし、猟師はそんな言葉 に耳を貸す様子もなく、機械的に腕を振り上げると、乱暴に女を殴りつけた。女は額から血を弾けさせ、それきり目を覚ますことはなかった。

...

 

 

猟師は残ったガソリン缶の中身をすべて吐き出すと、 懐から一本のマッチ棒を取り出した。そして、その先を爪で弾くと、ぼうっと橙色に灯る火をPCへと向ける。

 

「余所もんが…。死ね、死んでしまえ」

 

その時、廊下の先からばたばたと慌ただしい足音が聞 こえてくる。間もなくして現れたのは、困ったように顔をしかめる森嶋の姿だった。森嶋はびちゃびちゃと水たまりを弾かせて、こちらへと向かってくる。そして、猟師の頭を勢いよくはたくと、持っていたマッチを奪い取 って、その火を吹き消した。

 

「馬鹿野郎。全部、灰にしてどうすんね。贄にならんだ ろうが。それに、PCまで死なせたら、どうご両親に言い 訳するんね。まったく、もう少し考えて行動しろと、あれだけ言うとろうに…」

(◆森嶋は葦屋の凶行を止めようとする。だが、それは殺人に 反対してのものではなく、焼死体になってしまえば、剥製の加工が出来ずに、贄として機能しないことを心配してのことだ)

 

 

... 

 

 

森嶋はPCに気付くと、いつもの柔和な笑顔を浮かべ て、こちらへと歩み寄ってくる。そして、PCと視線を合 わせるようにして、その場に膝を屈めた。

 

「………おや、おや。これは、可哀そうに。大変な目に遭 ったねえ。でも、もう大丈夫。おじさんが来たからね」

 

森嶋はPCの言葉にただ、うんうんと頷いてそっと頭を 撫でるだろう。その後、夜、子供に絵本を読み聞かせる ように、心地よい声でゆっくりと言葉を紡ぎはじめた。

 

「これから話すことを、よく聞くんだよ。とても大事な ことだからね。いいかい。………君はこの村に遊びにき て、あきら君と仲良くなった。それで、あきら君のお家 で一緒に遊んでいたんだ。でも、二人ともきっと、遊び 疲れてしまったんだろうね。そのまま、眠ってしまう」

「その時、ごろごろと雷が鳴って、偶然にもあきら君の お家に当たってしまうんだ。火はみるみるうちに大きく なって、家はぼうぼうと焼けてしまう。でも、そこの葦 屋というおじさんが火事の中、PCを救い出してくれるん だ。PCは運よく生き残る。けど、残念ながらあきら君 と、そのお母さんは火に呑まれて亡くなってしまう。悲しいけれど………君は、それ以上のことも、それ以外のことも、何も知らない。ただの不幸な事故だったんだ」

 

 

...

その言葉を聞くと、また意識は遠くなっていく。それ ばかりか、これまで体験してきた数時間の出来事に関す る思い出でさえも、泡が一粒一粒弾けるように霧散して いく。森嶋はそっとPCを抱き抱えると、この部屋から出 ていくだろう。その時、閉じゆく瞼の隙間から、地面に 転がるあきらと目が合った。

 

「………PC…さ…ん」

 

(◆森嶋の呪文「記憶を曇らせる」だ。この出来事によって、 十五年間、PCは夏目家に関する記憶を忘れてしまう)

意識は暗闇の中へと引きずられていく。静けさの中、 どこからか鳴ったマッチの擦る音と、

小さな火の音だけ が鼓膜の中で反響した。

 

 

...

 

 

「…………イ、……オ…イ、オイ、PC!」

 

PCは激しく肩を揺さぶられて目を覚ます。そこには涙を流して心配する両親が、辺りに散る火の粉に照らされ て映っていた。周りを見渡してみれば、そこは夏目家の 門前であった。だが、当の夏目家は激しく燃え盛る炎に包まれ、まるで昼間のように夜の闇を照らしていた。柱が焼け落ちて倒れる音、硝子の砕ける音が木霊する。

近くには森嶋と、見覚えのない猟師めいた男が立って いた。森嶋は羽織っていた上着を被せると、怖かったねえ、と優しく頭を撫でる。一方、猟師めいた男は両親か ら感謝の言葉を投げかけられると、

ああ、と肩に付いた 煤を払って、その場から去っていく。

...

[2003年3月下旬]

次の日、PCと両親は多くの村人に見送られて、S村を後にすることになる。森嶋もこちらへと何度か頭を下げると、

悲しそうに顔を俯けて話はじめた。

「こんなことになってしまって…本当に残念だよ。夏目 さん家も可哀そうに…。でも、PCもあまり気にしないで くれ。あれは、不幸な事故だったのだから。また、気が向いた時にでも、遊びに来なさい。その時は、村のみん なで歓迎するからね」

 

それが、生前の森嶋を見る最後の機会だった。両親か ら聞いた話では、あの日、PCはあきらという少年と仲良 くなり、家で遊んでいたところ、落雷によって火事に遭 ってしまったとか。それから、葦屋という猟師にPCは助 けられたが、母子家庭であったあきらとその母は亡くな ってしまったのだそうだ。劇的な出来事であったのだろ うが、これといって実感が湧くようなことはなかった。 だが、それに対して両親も追及するようなこともなく、 まるで何事もなかったかのように、時は過ぎていく。

 

→  火傷の理由 

一生のお願い

 火傷の理由 

[2018年3月下旬]

 

目が覚めると、やはり運転席のハンドルにうつ伏せに なるようにして、身体を持たせていた。解剖されたはずの腹部には傷痕一つ残されておらず、白く閉ざされてい た景色も、陽の光によってからからに照らされている。 しかし、しばらくすれば、この辺りは小雨に降られ、じきにどしゃぶりとなる。そんな確信めいた予想をして間 もなく、それは現実となるだろう。

(◆現代へと戻る。佐原が死亡したことで結界が発動し、佐原が 山の神からさくらの死体を掘り起こした直後まで時は巻き戻る。 PC の耐久力が減少していれば、その分回復させること)

 

あの走馬灯を思い返す。ひどく薄気味の悪い夢だっ た。いや、夢であれば、どれだけ救われたのか。十五年前、S村で起きた悲劇。それは確かに存在する過去であると、確信していた。しかし、その記憶は森嶋の醜悪な 欺瞞と、葦屋の理不尽な暴力によって真っ黒に塗り固め られていたのだ。はるか過去から現在まで語り継がれる 常軌を逸した因習。その凶悪さを感じることだろう。

>>1/1d3の正気度ロールが発生する。<< 

 

コンコンコン

三度、窓を叩く音が鳴る。その音に振り向かなくとも、 窓越しにこちらを覗き込む一人の男が誰なのか、もう十 分に見当はついていた。だが、そんなことを知る由もな い男は、困り果てたように PC にこう言うだろう

(◆佐原だ。山の神のもとからさくらの死体を掘り起こし、K 峠 へと下ってきた。その後、予想外のどしゃぶりに見舞われたこと から、PC の車に対してヒッチハイクを試みるだろう)

 

「すみません、どうか町まで乗せてくれませんか」

 

⇒もし、佐原を車に乗せずに立ち去るのであれば、後 ろから何かこちらを懸命に引き留めるような声が聞こえるが、すぐにその声は降りしきる雨音によってかき消さ れる。その後、何かに阻まれるようなことはなく、白が かった雨もやの中、たった一人、車を走らせることにな るだろう。 だが、それから数十秒ほど経った時だった。車体を支 える S 峠すべてがぐらぐらと激しく震動したかと思うと、 めきめきと樹木一帯が軋むような、ただならない衝撃が 伝わってくる。瞬間、N 山からけたたましい獣の咆哮が 雨中に響きわたった。そして、まるでそれと連動するか のようにして、脇に生えた木々は鋭く尖った槍の形へと 変貌し、車体ごと地面を串刺していく。

 

・〈運転〉に成功すれば、間一髪のところで運転席に突き 刺さった枝を避けることができる。失敗すれば、脇腹に 一本の小枝が突き刺さる。耐久力に 1d4 のダメージだ。

(◆山の神の意思だ。佐原が死亡して繰り返すごとに、その意思 はより強く表れることだろう。また、咆哮は葦屋のものである)

身動きが取れずにいると、後ろから何者かの足音が聞こえてくる。そして、その足音はやがてこちらまで追いついてくると、いくつもの瓦礫で閉ざされた扉をこじ開 けた。そこにいたのは、佐原だった。

佐原はあわあわと慌てた様子で、こちらへと手を差し伸べる。

 

「だ、大丈夫ですか! 今、助けますから!」

 

(◆佐原は葦屋の追跡から逃れるために、PCの協力が必要不可 欠だと考えている。車体からPCを助け出そうとするだろう)

 

⇒もし、佐原を車に乗せれば、またキャリーケースを トランクに乗せて助手席に腰を下ろそうとする。そして、 ほっと一安心して微笑むと、恭しく頭を下げた。 「本当に助かりました。突然のにわか雨で立ち往生して いたところを…。あ、申し遅れました、佐原彰人と言い ます。ちょっとした観光で N 山を見にきていまして…」

(◆さくらと関係性のない佐原には、時が逆行する以前の記憶 はない。PC がはじめて会った時と全く同じ応対をするだろう)

 

▶佐原が話す旨は以下の通りである。

〇佐原について聞けば、小学校教師だと話す。とはいえ、 去年、入職したばかりの若輩者である。この頃、いつも の業務に加えて資格勉強に追われていたが、気分転換も 兼ねて一日だけ有休を取り、少しだけ遠出をして N 山に 観光をしようと計画していたのだ。しかし、突然の雨に より近くで待たせていたタクシーを見失ってしまい、途 方に暮れていた頃、PC と出会ったのだ。

 

〇N 山について聞けば、桜を見にきたのだと話す。一昔前、N 山には見事な一本桜が咲くと噂になっていたこと を知り、一目見ようと N山に登ることを決意したのだ。 結果的に、その桜を見ることには成功したが、今考えれ ば、かなり危険なことをしたのではないか、と反省する。 しかし、その咲き誇っていた桜は今まで見てきたどの花 よりも美しく、また機会があれば見にいきたい。

 

〇火傷について聞く、もしくは気にする様子を見せるの であれば、この傷はまだ子供の頃、家が火事になった時、 負ってしまったと話す。生き残ったのは自分だけで、家族はもういない。とはいえ、かなり昔のことなので、事故に関してあまり覚えてはいない。いつもは化粧で火傷 の痕を誤魔化しているのだが、この雨で崩れてしまった。

 

(◆これらはすべて事実だが、山の神のもとから死体を掘り起こしたことや、その死体をキャリーケースに入れていること、ま してや連続女児誘拐事件の犯人であるといった、これまで行っ てきた法律や倫理に背くようなことは決して話そうとしない)

その時、車体を支える S 峠すべてがぐらぐらと激しく 震動した。めきめきと樹木一帯が軋むような、ただならない衝撃が伝わってくる。瞬間、N 山からけたたましい 獣の咆哮が雨中に響きわたった。そして、まるでそれと 連動するかのようにして、脇に生えた木々は鋭い槍の形 へと変貌し、車体の目の前に続くアスファルト道路を串 刺していく。

 

・〈運転〉に成功すれば、急ブレーキを踏むことで車体の 串刺しを免れる。失敗すれば、車体を貫通してきた枝が わずかに肌を引っかいた。耐久力に 1d2 のダメージだ。

 

(◆山の神の意思だ。佐原が死亡して繰り返すごとに、その意思 はより強く表れるだろう。また、咆哮は葦屋のものである)

...

 

 

 外へ出ると、S峠の絶望的な状況が分かるだろう。車 道は植物たちの根に押しつぶされ、一歩間違えれば、そ のまま命を落としかねていた。佐原はそんな植物たちの 根を見つめて、放心したように呟いた。

 

「一体、何ですか、これ……」

 

>>1/1d3の正気度ロールが発生する。<<

ふと、足元から湧き上がった白もやを吸い込んだ。そ れは鼻腔へと入りこみ、やがて嗅神経から脳の内側へと 染みつくと、湿気た雨の匂いと共に、いくつかの光景が脳裏に映し出させた。佐原彰人。彼は、夏目あきらとよく似ていた。かしこまった言葉遣い。どこか抜けている 言動。そして、何よりも顔に広がった火傷の痕は、炎に 包まれた夏目家を思い出させる。どこかで見たような既 視感。それはここ数十分ほどの一度や二度の出来事だけではなく、もっと昔から知っているような気さえした。

(◆誤った認識だ。結界には人を疑心暗鬼に陥らせ、根拠の乏しい誤解を抱かせる。佐原はあきらではない。連続殺人鬼の血沼だ)

 

⇒もし、あきらについて聞くのであれば、佐原はしば らく沈黙する。そして、どこともなく視線をやって、こちらへと尋ねるだろう。

 

「………それは、一体どなたのことでしょう」

 

(◆もし、PC があきらという名前しか口にしていなければ、

佐原は PC の過去や、あきらの苗字といったことを探ろうとする)

 

佐原は PC の言葉を聞くと、またしばらく口を閉じる。 それから数十秒後、ようやく考え事が終わったようで、 小さく頷いた様子を見せると、こちらへと視線を向けた。

 

「僕は、佐原彰人…そう名乗っていこうと思いましたが、 やっぱり、やめることにしました。どうやら僕のことを、 PC さんはずっと昔からご存じのようですから」

「佐原彰人、というのは偽名です。この N 山である犯罪 の痕跡を見つけてから、万一のため、本名は伏せておこ うと思ったのです。しかし、PC さんと出会ってから、初 対面ではないような違和感を、どこかで感じていました」

「夏目あきら。それが、僕の本名です。だけど、昔起き た火事のせいで、当時のことをどうしても思い出せなく て………。ずっと、一人で悩んでいました。でも、PC さ んだけは僕のこと、思い出してくれたんですね」

 

(◆嘘だ。だが、一部に事実も含まれている。佐原の本名は血沼 だが、幼少期に火事に遭ったことや、当時を思い出せないこと、 そして、PC と初対面でないと感じたことは、事実だ。結界が発動されていることもあり、〈心理学〉では確かな情報は掴めない)

 

 

...

 

 

あきらはキャリーケースを何とか引っ張りだすと、意を決したようにN山を睨みつけた。

 

「あまり信じたくはありませんでしたが、神様の祟りと いうのは、実在するものなのかもしれません。許される かは分かりませんが、これは“山の神”のもとへとお返し することにします。きちんと埋葬してあげられないの が、何よりも可哀そうですが」

 

そして、あきらは申し訳なさそうに眉をすくめる。

 

「雨が止むまでここでお待ちを、と…そう言いたいのは 山々なんですが、先ほどのような現象がまた起こらないとも限りません。一人でここに留まる方が、かえって危険かもしれません。PCさんのことは、命に代えてもお守りします。ですから、一緒に来てくれませんか」

...

 

 

その言葉に頷けば、あきらは、厄介ごとに付き合わせ てしまって申し訳ありません、そう何度目か分からない 謝罪を口にする。そして、キャリーケースを持つ手とは 逆の手でPCの手を引いた。PCはもはや使い物にならなく なった車に背を向けて、改めてN山へと足を踏み入れることだろう。

 

 桜の樹の下には 

火傷の理由

 桜の樹の下には 

一歩ずつ、絡みつく泥を踏みしめながら、頂上を目指 して歩く。

あきらもまた、緊張した空気を漂わせなが ら、地面を踏み固めるようにその歩みに合わせていた。 ただ、ざあざあと降りしきる雨と、木々に弾かれる飛沫 の音だけが木霊する。間断なく響くノイズから来る、精神的な静寂は、PCの意識を鋭く研ぎ澄ますだろう。 瞬間、一発の銃声が轟いた。銃弾が空気を切り裂く衝 撃が伝わる。振り向けば、一秒前、通り過ぎた木の幹には、銃痕と共に硝煙が上がっていた。あきらは PC の手 を強く握り直すと、一目散にその場から飛び出した。

 

「銃です! 銃を持った人が!」

 

 

・〈DEX〉×5 に成功すれば、二度目の銃声が鳴るより先に 駆け出すことができる。失敗すれば、二発目の銃弾が突 き刺さる。耐久力に 1d6 のダメージだ。

 

(◆葦屋の射撃だ。一巡目や二巡目とは状況が違うため、N山に 登っている状況で襲撃される)

...

 

 

悪路を一心不乱に駆けていく。それでも、すぐ後ろか ら感じる気配は、狂気的とも言えるほどの執念深さでこ ちらを追い立てる。鳴り響く銃声は一発ごとに大きさを 増していき、狙いも正確になっていく。酷使してきた肺 から感じる激しい熱が、限界は近いと告げていた。 その時、ちらりと映った山々の地形に既視感を感じ取 る。もしやと思い、次に茂みを掻き分ければ、その先に は見覚えのある一軒の小屋が建っていた。何発目かの銃 声。あきらはまた力強く PC の腕を引くと、脇目もふら ず小屋の中へと駆け込んだ。

 

「さあ、こちらへ!」

 

小屋の中へと入れば、あきらはすぐに扉を閉ざした。 そして、部屋中に散らばる小道具で、辺りを囲んでいく。 しかし、間もなくまた銃声が鳴り響くと、扉の大部分は吹き飛ばされ、その急ごしらえの防壁は力なく崩壊していった。

 

(◆二巡目、PCと佐原が訪れた小屋と同じ建物だ)

 

...

あきらは畳の上に無造作に置かれた、一本のちっぽけ なナイフを掴み取った。そして、その刃先を小刻みに震 える手で扉の先へと向けると、冷や汗をだらだらと垂れ 流しながら、PC と告げた。

「た、例え相討ちになっても、僕が PC さんを守ります!」

 

・〈アイデア〉に成功すれば、畳に抜け落ちた穴があるこ とを思い出す。床下から外へ出ることが出来れば、十五 年前のように追跡を振り切れるのではないか、と考えつ くことだろう。

 

(◆〈アイデア〉に失敗したとしても、十五年前、床下の一部が 抜け落ちていることを、PL が思い出していれば、〈アイデア〉に 成功したものとして処理しても問題ない)

 

 

床下へと入れば、頭上から扉が破壊される凄まじい衝 撃音が伝わった。じきに、荒い息遣いと共にぎしぎしと 床を踏みしめる音が間近まで聞こえてくる。あきらは口 元を手で抑えながら地面を這っていった。そのまま小屋 の外へと出ることができるだろう。

 

 

...

 

 

山の中を彷徨っていれば、じきに銃声は聞こえなくな る。あきらはふらふらと足を止めると、痛めた肺を労わ るようにして、大きく深呼吸を繰り返す。そして、互い の無事を確認すると、小さく安堵の表情をこぼした。

 

「よく…あんな抜け道ご存じでしたね…。何故だか、ずっと助けられてばかりな気がします…」

 

その時、白い雨もやの向こうから桜色をした花びらが 雨風に乗せられて、ひらひらと飛んでくる。あきらは地 面にぽとりと落ちたその花びらを拾った。この情景もま た十五年前の光景と重なるだろう。

 

「これ、桜の…いや、“山の神”の花びらです! きっと、こ の先に“山の神”が…!」

...

 

 

だが、血塗られた狩猟者は、どこまでも獲物を追い立てる。

一発の甲高い銃声。その音を感じ取った時には、 あきらの持っていたキャリーケースの金具部分は痛烈な 金属音を響かせ、勢いよく宙に舞っていた。その衝撃で 閉ざされていた錠前は砕け散り、ブルーシートの塊が、 PCの足元へと転がった。 木々の隙間から気配もなく現れ出たのは、葦屋だっ た。葦屋は手慣れた動作で猟銃から硝煙をまとった薬莢 を吐き出させると、冷たくこちらを睨みつける。

 

「二度も同じ手が通じると思ったか。…今度こそ、殺してやる」

 

 

...

 

 

葦屋は唾を地面に吐き捨てると、懐から次の弾丸を取り出す。

あきらはその一瞬、生まれた隙を見逃すことは なかった。刹那、空になったキャリーケースを持ち上げ ると、無我夢中の中、葦屋に目がけて振り下ろした。だが、葦屋は冷静に一、二歩だけ引くと、丸太のような脚 であきらの腹部を蹴り上げる。 しかし、振り下ろされたキャリーケースは、葦屋の東部を掠らせると、目深に被っていた帽子は地面へぽとりと落ちる。

次に視線を葦屋の頭部に移せば、そこには衝 撃的な光景があった。それは、角だった。それも、さくらのそれとはまるで異なる、成長した器官。ある種、グロテスクとも表現できるリアルな生物的特徴は、

目の前の存在が、“鬼”という実在した生物であると実感させた。

>>1/1d4の正気度ロールが発生する。<<

...

 

 

 葦屋の黒ずんだ瞳は鮮血のように赤くなっていく。そ して、地面へ落ちたキャリーケースを一息に踏みつぶす と、燃え滾った怒りに満ちた表情をこちらへと向けた。

 

「見た…な………! 必ず、殺す………。生きたまま皮を剥 いで…頭から、喰らってやる………」

 

佐原はポケットからナイフを抜くと、葦屋へと掴みか かり、その先端を肩口へと突き刺した。しかし、それで も葦屋の表情はぴくりとも変わらず、素手で佐原の両肩 を鷲掴む。ぎりぎりと骨の軋む音がこちらまで響いてく る。佐原は激痛に顔を歪ませるが、唇を噛んで悲鳴を押 し殺し、叫ぶようにして PC へと告げた。

 

「……さ、先に行ってください! PC さん、僕の、家族を… よろしくお願いします!」

 

佐原は身をよじらせると、荒らされてどろどろになっ た足元を、勢いよく蹴り飛ばした。すると、葦屋は跳ね 上がった泥に体勢を崩した。佐原はそのまま覆いかぶさ る形で、葦屋もろとも山の斜面へと転がり落ちていく。 二人の影は白もやの中へと消えていく。その霧中、一発 の銃声が響いたかと思うと、もう雨の音しか聞こえなくなった。

 

(◆佐原が葦屋を撃ち殺した。邪魔者を排除した佐原は、じきに “山の神”がいる山頂へと向かうだろう)

 

...

 

 

花びらが飛んできた方向へと向かえば、木々の檻から 抜けることができる。その場所は、まるで十五年前から 時でも止まってしまっているかのように、何も変わって いなかった。痩せた土に低い草が生えたちっぽけな空間 の中心には、見事に咲き誇る一本桜が生えている。“山 の神”。その呼び名に釣り合った、隔たる世界にのみ存 在できる、神秘的な美しさを感じさせた。

 

(◆山の神だ。その根元にはS村の村人や、掟に背いた者たち が埋められている。あきらやさくらもその例外ではない)

 

ブルーシートを広げてみれば、そこには、さくらの死体があった。その姿もまた、“山の神”と同じように、十 五年前から何も変わっていなかった。声をかければ、ま た言葉を交わしてくれそうな気さえしたが、生命の気配 を感じさせない作り物の眼は、じっとこちらを見つめ、 十五年前の悲劇が夢ではないと、そう告げていた。 

...

その時、一斉に桜吹雪が舞ったかと思うと、ある少女の輪郭を形作った。その輪郭は桜の花びらで出来た小さな足で、

死体を抱き上げているPCへと近づいていく。超 常的な現象に違いはない。しかし、不思議と恐怖を抱か せるようなことはなかった。それどころか、この桜吹雪 はさくらの魂の姿なのだと、PCは漠然と理解することが できた。さくらはPCへと優しく語りかける。

 

「ありがとう、PC。ここまで手を引いてくれて。思い出の中だけでも、またPCと会えて嬉しかった…」

 

(◆さくらの魂だ。十五年越しに、改めてPCに感謝を告げるだ ろう。また、PCだけが二巡目、三巡目も記憶を保つことができ たのは、さくらの献身によるものである)

 

 

「“山の神”はね、とってもイジワルな神様なの。だか ら、N山で人を懲らしめたら、また同じように繰り返す の。でも、繰り返したら、その人は全部忘れちゃって… だから、また懲らしめられて………。それが、ずっとず っと続くの。私は、それが嫌で………」

 

...

さくらはPCに優しく抱きつく。それに連れて桜の花び らはまた一段と、ふわりと浮き上がった。

 

「………ううん、嘘。本当はね、私を、忘れてほしくなか っただけ。PCとの思い出は、私にとっては一生の思い出 だから。どうか、忘れないでいて………」

「………一生のお願い、もう一回、使っちゃったね」

...

 

 

突風が吹きすさぶ。じきに風の音が鳴りやむと、思わ ず閉じた目を開けた。すると、そこにはもうさくらの姿 はなかった。ただ、抱き上げている少女の死体の、力の ない軽い身体の重みだけが伝わってくる。今までのはた だの幻覚だったのだろうか。しかし、それでも抱きつか れた時の温かい感触は、まだ残っているように感じた。 “山の神”の根元には掘り返されたような土の跡が残っ ていた。その中心には一本のシャベルが突き刺さってい る。ここで、死体は掘り起こされたのだ、そう直感することだろう。

今、“山の神”の怒りを鎮めることができる のは、PC しか残されていない。

...

“山の神”の根元を掘り返せば、そのまま埋め直された だけだからか、シャベルは抵抗なく地中へと入っていっ た。それでも、少女一人を埋めるとなれば、それなりの 深さは必要だ。思いがけない重労働に汗を垂らすことだ ろう。

一つ一つ、地道に土を吐き出していく。“山の神” の枝葉はまるで、早くしろ、とでも言いたげに、時折、 風でかたかたと揺れていた。 すると、堅い手応えをシャベルの先から感じ取った。 均等に底が揃うようにして、周辺を掘りかためる。そし て、慎重に土を払っていけば、そこに埋められていた秘 密が明らかとなる。無数に連なる人々の死体。老若男女問わず、角が生えている人間もいれば、そうでない人間 もいるようだった。その死体たちはいくつもの張り巡ら された根によって、植物の球根のように固められていた。 “山の神”の美しさは、この何百年もの昔から、積み重ね られた人々の死体によって保たれてきたのだ。

 

(◆S村の村人や、掟に背いた者たちの死体だ)

...

 

 

だが、そんな事実よりも、PC は死体の山に埋もれる一 つの影に、強烈に視線は引き寄せられた。それは、夏目 あきらの死体だった。 (◆十五年前のあきらの死体だ)

 

瞬間、どんと背後を押されたかと思うと、背中から腹部の裏側にかけて、異物の感覚がゆっくりと伝わってく る。じきに、それが冷たい切っ先が皮膚を貫通した感触 だと気付くと、激しい熱と痛みが、全身を駆け巡った。 身体に力が入らない。そのまま膝から崩れるようにして、 自らが掘り起こした穴の中へと落ちていく。

(◆佐原の刺突だ。PC が佐原の正体に気付いたことを悟り、口 封じのため、PC の命を奪うだろう)

 

 

...

雨に濡れた土と、血の通っていない死体の肌はひどく 冷たく思えた。うつ伏せになった身体を這い、最期の力 を振り絞って瞼を持ち上げる。そこには、こちらを見下 ろす佐原の姿があった。その表情はどこまでも冷酷で、 わずかな感情の気配すらも感じさせない残酷さが宿って いる。そして、固く閉ざしていた唇をかすかに動かした。

 

「知らない方が、幸せでしたね」

 

瞼はゆっくりと閉じていく。しばらくして、柔らかな 土が身体の上に覆いかぶさる感触だけが、冷たくなりつ つある体内に反響していった。少しずつ全身は土に呑ま れていき、意識もまた、深い闇の中へと沈み込んだ。

 

 THE END :バック・スタブ 

桜の樹の下には

 THE END 

『……次の…ニュースです。……で…との…ことです』

 

PC はカーラジオから響く女性アナウンサーの声で目 を覚ます。PC は運転席のハンドルにうつ伏せになるようにして、身体を持たせていた。ひどく頭が痛む。眼球 の奥でじわりと伝わる鈍い痛みは、背中にこびりついた、 鋭い刃物の感触を思い覚まさせた。 しかし、電波に乗せられた女性キャスターの声は、そんなことにも構わず、淡々とニュースを読み上げる。

 

『速報です。昨夜未明、留置場で収容されていた、女児 六名の誘拐と殺害の容疑に問われている、

血沼洋介容疑 者が脱走しました。警察は、加重逃走容疑でその行方を 追っています。血沼容疑者は、身長 175cm 前後で、体型 は中肉、顔全体には特徴的な火傷痕が――』

 

 

...

その時、鼠色の雲が辺りに漂いはじめ、小ぶりの雨が降りしきった。間もなく、それはどしゃぶりへと変わる と、雨もやが辺りを包み込む。思わず、ぞくりと寒気だ つ。この後、何が起こるのか。この白い闇の中、こちら に近づいてくるのは何者なのか。それらすべてを鮮明に 思い浮かべることができた。

コンコンコン

 

三度、窓を叩く音が鳴る。その音に振り向けば、きっと、それは現実になってしまう。だが、目を背けても、 脳裏にはあの男の冷たい表情が焼き付いていた。そして、 PC は知っている。次に、男が PC にかける言葉を。

 

「すみません、どうか町まで乗せてくれませんか」

 

 

クトゥルフ神話TRPG「君を土に埋める日」

THE END「バック・スタブ」

The end

 エンディング解説 

たった一つのエンドです。PCは山の神の根元から、あきらの死体を発見したことで、佐原の秘密を知って しまいます。

連続殺人鬼・血沼洋介。それが、佐原彰人の正体でした。血沼によって背後から刃物を突き刺 され、朦朧とする意識の中、冷たい雨音だけが鼓膜の中を響きます。血沼にあきらの面影を見てしまった原 因。それは、N山とK峠に降りしきる雨と、その雨もやにありました。そもそも、雨もやは山の神によって張 られた結界と呼ばれる異常空間で、結界に閉じられた人々を疑心暗鬼に陥らせ、根拠の乏しい誤解を抱かせ る効果があるのです。その効果によって、カーラジオの報道は血沼に対して疑心感を募らせ、逆に、顔面に 広がる火傷痕から、十五年前の火事と誤認させてしまったのです。そこで、血沼は雨もやによって引き起こ されたPCの誤解を利用し、夏目あきらとして仮初の信用を得ようとしていました。しかし、山の神の根元か らあきらの死体をPCが見つけてしまったことで、血沼は口封じのため血塗られた犯行に及んだのです。

 

その後、また数十分前のK峠へと巻き戻ります。山の神によって張られた結界のもう一つの効果。それは、 N山とK峠が雨もやに完全に呑まれた時、N山とK峠は完全に消滅し、数十分前のN山とK峠が再構築されてい く、というものでした。本来であれば、PCの数十分間の記憶もまた、失われてしまいます。しかし、山の神 の贄とされたさくらの加護によって、これまでの記憶だけは引き継がれてきたのです。さて、四巡目の世界でPCは何を考えるでしょうか。佐原彰人と名乗る旅人を振り切って、単独で結界の外へと出ようとするかも しれません。または、同じことを繰り返して、無惨に殺され続けてしまうかもしれません。もしくは、そも そも結界はもう晴れていて、降りしきった雨はただの自然現象に過ぎないのかもしれません。今後、PCが無事に生還できたかどうかは、自由に決定していただいて構いません。本シナリオでは、あえて物語の結末を明文化させることはありません。

【報酬】

■THE END 1d10の正気度回復

□山の神を目撃した 3のクトゥルフ神話

■鬼を目撃した 2のクトゥルフ神話

END解説

無断転載禁止

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